2017/03/20

TITLE:「 国会議事堂見学 

 小房前の梅が散り始め、三沢川の桜の蕾が膨らんできた。満開の白木蓮が純白のドレスをまとった貴婦人のような気品に満ちた姿になった。

 獅子舞の先輩、ヨシさんから「国会に行こうよ。オレ、小学生の時に行ったきりなんだ」と誘われた。そして、ヨシさんは「国会議事堂は、立法府の建物。市民がどのような方法で何をするべきかを決定する場所。日本の方向性を決定する機関だ。オレたち何気なく毎日、テレビのニュースで観ているけど、実際どうなっているか分からない。一度くらい見ておかないとね」とみんなに声を掛けた。

 ヨシさんの同級生二人、ヨシさんの仲良しのサトさんとボクの5人が電車に乗り込んだ。南武線、小田急線、千代田線に乗り永田町に到着する。

 国会議事堂に入ると大理石の壁に国家の威信を肌に感じた。内装は、33種類の大理石、2種類の蛇紋石、沖縄県宮古島の珊瑚石灰岩、橄欖岩、黒髪石、尾立石、日華石などが使用されている。案内の方から建物全体の機材は郵便ポスト、ドアノブの鍵、ステンドグラス以外は全て純国産品を使っていると教えてもらった。

 議事堂は左右対称になっていて真ん中がピラミットの形をした中央塔になる。中央塔には中央広間があり四つの壁面に日本の春夏秋冬を描いた油絵がある。春は吉野山、夏は十和田湖、秋は奥日光、冬はアルプスをイメージして描かれている。

 四隅に日本の憲政に貢献した板垣退助、大隈重信、伊藤博文の銅像が立っている。四隅の一個の台座には誰の銅像もない。これには諸説あるそうだ。政治は常に未完であることを象徴、もっと偉大な政治家になれという戒め、皇居にお尻を向けるので避けているなどがあるそうだ。ボクは二番目のもっと偉大な政治家になれというメッセージが好きだな。

 天井は高い空洞になっている。天井の上に270平方メートルのロビーがあり、戦前には国会職員が社交ダンスの練習場に使っていたと聞いた。立法府の建物で社交ダンスの練習と聞き、違和感があった。

 五人の高齢者は、久しぶりの満員電車、初めての国会議事堂で疲れた。ボクは電車を降りてトボトボと自宅に向かった。自宅近くの白木蓮が目に留まった。国会議事堂の中央塔のダンスホール思いだし、ダンスを踊る優雅なご婦人を想像した。日本の将来を背負った職員が激務の間に白木蓮のような貴婦人の手を取ることを夢見ながらダンスの稽古をしたのだろう。ボクは「そのくらいの余裕を持った人たちが政治を司る。いいじゃないか!」と呟いた。

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2017/03/13

TITLE:「 休刊のお知らせ 

今週の「まあ、いいか」は休みます。

2017/03/06

TITLE:「 風格のある看板 

 春の陽気に誘われて、白木蓮が清楚な花を咲かせ始めた。ボクは2枚目の看板を担いでテント屋のタ-さんの家に行った。屋敷の塀には、政治家さんの看板から家業の看板まで多く掛かっていた。タ-さんは「ここが一番目立つ」と言って自分の家業の看板の横に取り付けてくれた。塀はセメントでできていたがセメント用のドライバーで簡単に穴をあけ、ビスで留めた。

タ-さんは、テント屋さんだが車のシートの張り替えからお店の廂(ひさし)まで何でも頼まれれば修理してしまう。そのため、何にでも対応できる道具が揃っている。タ-さんは、獅子舞、神輿会、みなみ会(盆踊りの会)の役員、地域の人たちの中心人物である。ボクも、タ-さんに見習って地域のためになろうと日々奮闘しているのだが、なかなかタ-さんのようにはいかない。

塀に収まった看板は、ボクとしては上手にできた。タ-さんからも「いいね、これで生徒が集まるよ」と褒めてもらった。

看板屋の始まりは、筆一本で板に文字を書く文字書きから始まっている。腕の良い熟練の看板職人は下書きなしで風格や味のある文字を書いた。現在は機械で印刷され、看板職人は少なくなった。

稲城陶芸教室の看板は、職人ではないが手書きの看板である。下書きありだが味のある出来上がりだ。看板に風格がないが「まあ、いいか」。書いた本人に風格がないのだから仕方がないというものだ。

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2017/02/27

TITLE:「 芸文連研修会 

 工房前の梅が散り始めた。自営業者は、外に梅だ、桜だと見学に行く時間がない。工房前の借景の梅とメンバーさんの話から季節を感じ取っている。河津桜を見てきたメンバーさんから、「満開できれいだったよ」と話を聞き、「ボクもたまにはどこかに出かけたいな」と思っていた。

 芸文連の研修が松戸市であり出かけた。芸文連の理事から松戸市に空き家を使った芸術活動があり、町の活性化に役立っている。見学に行きたいと提案があった。空き家はパチンコ屋の上にあると言う。ボクはパチンコ屋と芸術が結びつかなかった。若い頃、パチンコをしたことがあるが、「チンジャラ」うるさいのと一か所にじっと座っているのが苦痛で良い印象がない。

 松戸駅前のパチンコ屋「楽園」の上に芸術活動の場「パラダシスエア」があった。パラダイスエアはホテルだった部屋をそのまま利用している宿泊施設付きの貸ギャラリー。

 ロングステープログラムとショートステープログラムがあり、国内外のアーティストが利用できる施設になっている。ロングステープログラムは最長60日間の滞在で制作をサポートするシステム。ショートステープログラムは最長6泊5日で国内外のアーティストを支援するシステム。

 宿場町として栄えた松戸市には「一宿一芸」の伝統があり、文人画人が残した作品が多く残っている。パラダシスエアは歴史伝統を踏まえた「一宿一芸」をコンセプトとした国際的なアーティストの滞在型制作拠点。

 現在滞在している長崎の若いアーティストのアトリエを見せてもらった。簡易ベッドが置かれ自由に制作活動をしていた。

 パラダシスエアを見学したあと、河津桜が満開だという川沿いの公園を案内してもらった。川面を吹き抜ける風は冷たかったがそこに春を感じた。

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2017/02/20

TITLE:「 フォスターシティ視察と英会話 

 ボクの住んでいる稲城市では二年前にアメリカ合衆国カルフォルニア州サンマテオ郡フォスターシティ市から稲城市と姉妹都市提携についての打診があった。海外姉妹都市検討市民会議を立ち上げ、二年間市検討を重ねた。市民会議のメンバーは、自治会連合会、農業委員会、商工会、消防団、体育協会、教育委員会、三曲協会、PTA連合会、青少年育成地区委員会、国際交流の会、国際ソロプチミスト、市民活動サポートセンター、ロータリークラブ、青年会議所、芸術文化連合会と公募市民2名からなる。各団体から多くの意見があった。選定は英語圏であること、安全であること、教育交流、スポーツ交流、文化交流ができることの中から打診のあったフォスターシティが最終候補として残った。市民会議ででた結論を市に提言するため現地視察が行われた。

 

 市民委員三名と行政一名の四名で羽田空港からサンフランシスコ空港へ飛び立った。機内は満席のため四人ともバラバラに搭乗した。ボクはどこでも寝られる特技の持主だ。左の窓側席にシアトルの大学院生、右の通路席はサンフランシスコ在住の日本人の女性。夕食にワインを飲んで一眠りするとサンフランシスコ空港まで後三時間。耳を苦手な英語に慣らすため窓側の大学院生に話しかけた。この大学院生、四カ月間文京区の大学に留学していたそうだが日本語がほとんどダメ。ボクは中学、高校、大学と10年間、英語の勉強してきたが全くダメ。自分のことは棚に上げて、「こいつ、いったい何しに日本にきたんだ」と言いたい言葉を心にしまい、片言の英語で話していると通路側の女性が通訳に入ってくれた。おかげで耳が英語になれず、サンフランシスコ空港に着いた。

 空港には、若い副領事が迎えに来ていた。副領事を見てボクは、自分が市民を代表した任務背負っていることを認識し、顔が引きつった。

 フォスターシティ市の元市会議員のスティーブ岡本さんから二日間、市内の案内をしていただいた。

一日目は文化施設であるウィリアム・E・フォーカーレクリエーションセンター、62歳以上の低所得者住宅、レオ・J・ライアン記念公園、ラグーンのダフィボートからの街並みを見学し、スティーブ岡本氏の自宅でディナーをいただく。ディナー後、同行した行政より稲城市のプレゼンテーションを行う。

二日目、フォスターシティ市役所、市警察署、市消防署、小学校、シークラウドパーク、青少年センター、サンマテオ仏教会、サンマテオ・フォスターシティ市学校区などを視察する。

多くの施設を訪問して多くの方と意見交換ができた。サンマテオ・フォスターシティ市のジョアン・ロサス教育長との意見交換では今後姉妹都市提携に向けて具体的な事案をいただけた。スカイプでの教育交流など直ぐ実施可能な提案があった。

フォスターシティ市の多くの方に歓迎していただいた。68歳のボクが非常に多くのことを学ぶことができた。今後、稲城市とフォスターシティ市の友好都市が締結できれば多くの若者、多くの子供たちの学ぶ場が増えることだろう。成人の方々、シニアの方々にとっても有意義な経験の場になる。

二日間の視察を終える頃には、フォスターシティ市の環境になれ、最初、引きつった顔も、元の緩んだ顔に戻った。苦手な英語は、通訳と海外生活が長かったメンバーのお陰で、「Nice meet you」と「Thank you」だけに終わった。

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