陶芸に関する悪戦苦陶の話
ベジタリアン「2」(第百四十一話)


ベジタリアンには、ヴィーガン(純粋菜食者、完全菜食主義者)、ダイエタリー・ビーガン、オリエンタル・ベジタリアン、フルータリアン、ラクト・ベジタリアン、オボ・ベジタリアン、ラクト・オボ・ベジタリアンがある。

ヴィーガンは、乳製品、蜂蜜等も含む動物性の食品を一切とらない。食用以外の皮製品など動物から作られるものも使わない。

ダイエタリー・ビーガンは、動物性食品を一切とらないが革製品などは使う。日本の菜食主義者のイメージに近い。

オリエンタル・ベジタリアンは、東洋系の菜食主義者。肉や魚以外に ニンニク、ニラ、ラッキョウ、ネギ、タマネギ、生姜なども食べない。ニンニク ニラなどは、精をつけ情欲を増大させるからという理由でなく植物の生命を根絶させないという意味がある。革製品は使用する。


フルータリアン(果食主義者、果物常食者)は、収穫しても植物自体を殺さないという考えに基づき果物 トマト ナッツ類等 木に実り植物自体の生命に関わらない部分を食べる。

ラクト・ベジタリアン(乳菜食者)は、牛乳やバター、アイスクリーム等の乳製品は食べる。

オボ・ベジタリアン(卵菜食者)は、卵も食べる。

ラクト・オボ・ベジタリアン(乳卵菜食)は乳製品と卵もたべる。

ポゥヨゥ・ベジタリアン(チキン・ベジタリアン)鶏乳卵菜食者は、動物性食品と乳 卵に加え鶏肉も食べる。

ペスクタリアン(フィッシュ・ベジタリアン)は、野菜のほかに魚 乳 卵を食べる。

ベジタリアンの考えは、生物を殺さない根絶させない、人としての優しさが始まりのようだ。

イギリスのベジタリアン団体によると10エーカー(約4万500平方メートル)の耕作地に豆を栽培すれば60人、大麦なら24人、とうもろこしなら10人の人間を養うことができる。同じ面積の土地で牛を飼育すると2人しか養うことができない。

スーパーでは、肉や魚や野菜や多種多様な食品が並んでいる。街では、メタボな体型の人を多く見かける。日本の食事は、本当に豊かになったと思う。

ボクの子供の頃は、肉や魚は、正月とお祭りくらいしか口にすることが出来なかった。
テレビの宣伝に生活習慣病に効く薬の宣伝は、なかった。薬の宣伝は、栄養剤だけだった。「タンパク質か足りないよ」という宣伝がテレビから流れていた。
飢餓になる人は、いなかったかもしれないが栄養が足りない人は多くいた。
メタボな人は、ほとんど見かけなかった。

今 途上国では、飢餓や栄養失調にくるしむ人間が大勢いる。
ぼく等人間は、真剣に食事のあり方を考えるときが来ていると思う。

ベジタリアンは、地球上の人々が平和に生活していく一つの方法かもしれない。

ボクは、ベジタリアンの食習慣を見習いたいと思う。でも 時々で良いから肉も魚も食べたいね。






2008⁄08⁄20(Wed) 06:15   未分類 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
ベジタリアン(第百四十話)


七月に入り蒸し暑い日にイギリスの留学生が二人 工房にやってきた。
この夏に二年間の留学生活を終えて帰国するという。
日本文化にふれる一つとして、陶芸を経験したいそうだ。

いつもの教室と同じ方法でやきものについての講義から始めた。土について、作り方について、焼き方について講義した。イギリスのやきものの歴史と日本の歴史の比較も示しながら話した。

聴講が現役の大学生ということは、大学の講義のように話さなくてはいけないと思い いつもより難しく話した。話し方は、大学教授のように威厳をもたせてゆっくりしゃべった。顔は、全く威厳のないままだった。

二人は、日本に来るまでイギリスで日本語を三年間学び日本で二年間勉強している。日常会話には、不自由しないほど流暢な日本語だが陶芸の講義は、少し難しかったようだ。生徒の一人は、何度もあくびをしていた。

製作は、ひも作りでマグカップを作った。

講義の時より目を輝かせながら製作した。教え方が上手かったのか素晴らしいマグカップができあがった。

国際親善のため自宅に招き夕食を共にした。

一週間前に一人がベジタリアンと連絡があり、カミサンは献立に悩んでいた。
ボクもカミサンもベジタリアンに対する知識が全くないのだ。

献立は、豆腐の和風ステーキ ゴウヤチャンプル(卵 肉ぬき) コンニャクの味噌和え 夏野菜のオリーブドレッシング付け 野菜の天ぷら ポテトサラダ(卵を不使用マヨネーズ) 岡ひじきおひたし 巻き寿司 いなり寿司 枝豆。いつもより10倍くらい豊かな食卓だった。

カミサンは、出汁にも気を使った。昆布出汁 椎茸出汁で動物性の出汁は、一切使わなかった。

ベジタリアンの娘さんは、大変喜んで食べた。もう一人のベジタリアンでない娘さんは、日本の料理で焼肉が一番好きと言いながらも美味しいと言って沢山食べてくれた。

ベジタリアンの娘さんは、六歳くらいまで肉を食べていたそうだ。お母さんがベジタリアンだったので段々肉が食べらなくなったと話した。

ベジタリアンは、健康 道徳 宗教等の理由から動物性食品を食べない。
イギリスでは、ベジタリアンが13人に1人で珍しくないそうだ。世界では、インドが31%の人がベジタリアンで一番多い。

ベジタリアンにもいろいろあって肉 魚 卵 乳製品 ハチミツ全てダメなのがヴィーガン(完全菜食主義)という。

この娘さんは、乳製品とハチミツは大丈夫だと食事をしながら知った。

カミサンの作った料理は、完全菜食主義者用の食事だった。


イギリス留学生






2008⁄08⁄12(Tue) 18:33   未分類 | Comment(2) | Trackback(0) | ↑Top
倶楽部グリー(第百三十九話)


昨年に続き、ハーバード大学クロコディロス「08東京公演」を聴きに国立オリンピック記念青少年総合センター大ホールに出かけた。

早稲田大学グリークラブOBである「倶楽部グリー」の合唱で始まった。
「You Are My Sunshine」「Believe」「翼をください」「少年時代」    
70年代フォークソングメドレー「あの愛を再び」と今年の曲は、全て知っていて耳に気持ちが良かった。

倶楽部グリーのメンバーは、1961年から71年に早稲田大学の卒業生からなる。
司会者が中期高齢者と倶楽部グリーのメンバーを紹介した。

礼服に蝶ネクタイの衣装で登場した。背筋がシャッキと伸び全員自信に満ちた表情をしている。

司会者は、健康の秘訣を1)月に2回から3回の練習で家庭から離れストレスが取れる 2)大きな声をだす 3)練習の後 アルコールでうがいをする と言って会場を笑わせた。

倶楽部グリーの合唱の後、ハーバード大学クロコディロスの合唱が始まった。

メンバー12人の内 半分くらいが昨年と入れ替わっていた。こちらもタキシードに蝶ネクタイで若々しく自信に満ちた表情で唄った。

ハーバード大学は、アメリカ合衆国の私立大学である。7人のアメリカ合衆国大統領を輩出している。多数のノーベル賞受賞者が出ている。アメリカを代表する優秀な大学である。
メンバーの出身地もアメリカの各地から集まり人種も様々だ。

将来 このメンバーから時代を担う人が出てくるのだろう。多くの学生が其々進む道でリーダーになるのだろう。

倶楽部グリーのメンバー達は、日本の高度成長を担い日本を世界第二位の経済国にした。そして 世界一安全な国 日本を作り上げた。 其々の職場でリーダーとしての役割を果たしてきた人達だ。
自信に満ちた歌声 表情 姿勢から感じられた。

これからも人間のあるべき姿を若い世代の人達に示し続けるであろう。

クロコディロスのメンバーも人生の先輩である倶楽部グリーのメンバーのようにトップリーダーとして世界を引っ張ってもらいたい。

いつまでも歌が消えない世界を創ってもらいたいものだ。






2008⁄08⁄06(Wed) 05:56   未分類 | Comment(2) | Trackback(0) | ↑Top
黄瓜(第百三十八話)


五月の連休にキュウリ 茄子 トマト ピーマンを苗で植えた。茄子は、アブラムシ(害虫)がつき三個収穫しただけで後が育たない。トマトは、実をつけているが赤くならない。ピーマンは、発育不全で苗のままの大きさである。

キュウリだけは、ボクとの相性が良かったのか六月に入りグングン音をたてて成長した。七月に入り実を付け始めると次から次に採れた。

キュウリの原産地は、北部インド、ネパールにかけてと言われている。
古来中国では、西方の夷(野蛮)を胡といった。胡瓜は、西方の野蛮人の瓜と言う意味だった。
キュウリの和名は、「きうり」である。中国では、胡瓜または黄瓜と書く。黄瓜を音読読みしたものが「きうり」だ。

ボクは、キュウリを英語でCucumberと習ったので西洋から来た野菜だと思っていた。黄色いキュウリも見たことがなく黄瓜と書くなど全く知らなかった。

最初は、一本のまま マヨネーズや諸味をつけて食べた。酢の物やサラダ 冷やし中華に入れてい食べた。
収穫した次の日にも又 大きくなっている。食べきれずに隣の人や同僚に配った。
農協のオバちゃんの話によるとキュウリは、24時間昼も夜も同じ速さで成長するそうだ。次から次へと大きくなるのだ。油断していると30cm以上の大きな実になる。

梅雨の明けた週末 キュウリ棚の下の方に黄金に輝くものが見えた。良く見ると巨大化したキュウリだ。長さ50cm、胴回り25cmの大物である。

ボクは、黄色く輝く巨大キュウリを見て、昔の人は、この状態で食べたのだろうと想像した。中国では、今でも完熟したものを煮て食べるそうだ。

日本でキュウリは、江戸時代まで人気がなかった。キュウリが見直されたのは、江戸末期から明治時代以降だ。大正 昭和になって大衆野菜として人気が出て来た。現在 日本は、世界一の消費国になっている。

キュウリは水分が96%と多く、栄養素はビタミンC、カロチンが含まれているが含有量は少ない。
利尿 消炎 催吐などの薬効がある。

ボクは、キュウリが好きだった。この一ヶ月で一年分くらい食べた。見るのも恐怖を感じるようになってきた。

河童は、キュウリが好物という。近くの川から河童が上がってきて、これから出来た分は、全部 持っていってくれないかと思う。

当分 ノウ サン キュウリ だ。


キュウリ棚2






2008⁄07⁄29(Tue) 23:36   未分類 | Comment(2) | Trackback(0) | ↑Top
初物「キュウリ」(第百三十七話)


江戸っ子は、初物が好きだったという。初物を食べると75日長生をすると信じられていたらしい。初鰹になるとその10倍の750日長生すると言われていた。その為 一匹に一両の値段がついたと言う記述を読んだことがある。

現在 一年中食べたいものが口に入る。四季がなくなったわけではないのだが世界がワールドワイドになり、どこからでも食べたいものが輸入される。野菜は、輸入だけでなくハウス栽培により一年中店頭に並んでいる。

ボクは、キュウリやトマト 茄子などの夏野菜は、夏に食するのが一番だと考えている。考えているが実際には、一年中食べている。

工房に小さな庭に作った菜園のキュウリがどんどん大きくなり実をつけた。
農協のオバちゃんから最初の実は、茎が細いので小さいうちに採った方が良いと教えてもらった。六月の中旬に10cmほどに育ったキュウリを採って持ち帰った。

三つに切ってカミサンと次男に分けて味噌を付けて食べた。旬の味が口の中で広がった。

ボクが嬉しそうに収穫までの苦労話をしていると次男は、「皮が硬くて美味しいね」と言った。確かに小さい割には、皮が硬かった。この場合、褒め言葉にはならないのでないかと思ったが社会人一年生の次男は、父親が自分で初めて育てたキュウリを自慢しているので褒めたのだろう。

ボクは、カミサンに「これからキュウリは買わなくて良いよ」と言った。
カミサンは、今日買ってしまったと言う。四本入ったパックを取り出して「これ100円」と言うではないか。

一本25円は、安すぎないか。消費者としては、ありがたい話だが栽培しているボクとしては不服だ。ホームセンターから重たい土や肥料を購入して運び入れた。これまでの経費は、一番安い苗や支柱を購入したが合わせると二 三千円は使っている。

我家の一年間で購入するキュウリは、全部で二 三千円もかからないだろう。

いつ頃から一年中キュウリやナスやトマトが食べらるようになったのだろうか。

ボクの子供の頃 キュウリや茄子やトマト カボチャは夏にしか食べられなかった。

其々の野菜に個性のある香りがあった。現在の野菜は、昔より甘みがあるような気がするが個性が少ない。キュウリも茄子もトマトも個性が少ないのだ。

六月の下旬には、キュウリがどんどん実をつけはじめた。
一番大きいのは、38cmのキュウリを収穫した。皮が硬かったが夏の香りが食卓に広がった。






2008⁄07⁄23(Wed) 06:15   未分類 | Comment(6) | Trackback(0) | ↑Top

| HOME | next >>

プロフィール

Author:どうしょう花
サラリーマン生活が残り一年になりました。
宮崎での単身赴任時代に始めた陶芸が十年になります。
昨年 年末に窯を持ちプロとしての環境が整いました。
サラリーマン生活を悔いのないように全力でラストランしたいと思います。
週末は、陶工への道にむかい励みます。
還暦前の老人が悪戦苦闘している日々を「どうしょう花」がエッセイにして毎週水曜日に掲載致します



最近のトラックバック

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

Powered By FC2ブログ

↑Top



Copyright © 2008 窓際の陶芸家. All Rights Reserved.