2017/02/20

TITLE:「 フォスターシティ視察と英会話 

 ボクの住んでいる稲城市では二年前にアメリカ合衆国カルフォルニア州サンマテオ郡フォスターシティ市から稲城市と姉妹都市提携についての打診があった。海外姉妹都市検討市民会議を立ち上げ、二年間市検討を重ねた。市民会議のメンバーは、自治会連合会、農業委員会、商工会、消防団、体育協会、教育委員会、三曲協会、PTA連合会、青少年育成地区委員会、国際交流の会、国際ソロプチミスト、市民活動サポートセンター、ロータリークラブ、青年会議所、芸術文化連合会と公募市民2名からなる。各団体から多くの意見があった。選定は英語圏であること、安全であること、教育交流、スポーツ交流、文化交流ができることの中から打診のあったフォスターシティが最終候補として残った。市民会議ででた結論を市に提言するため現地視察が行われた。

 

 市民委員三名と行政一名の四名で羽田空港からサンフランシスコ空港へ飛び立った。機内は満席のため四人ともバラバラに搭乗した。ボクはどこでも寝られる特技の持主だ。左の窓側席にシアトルの大学院生、右の通路席はサンフランシスコ在住の日本人の女性。夕食にワインを飲んで一眠りするとサンフランシスコ空港まで後三時間。耳を苦手な英語に慣らすため窓側の大学院生に話しかけた。この大学院生、四カ月間文京区の大学に留学していたそうだが日本語がほとんどダメ。ボクは中学、高校、大学と10年間、英語の勉強してきたが全くダメ。自分のことは棚に上げて、「こいつ、いったい何しに日本にきたんだ」と言いたい言葉を心にしまい、片言の英語で話していると通路側の女性が通訳に入ってくれた。おかげで耳が英語になれず、サンフランシスコ空港に着いた。

 空港には、若い副領事が迎えに来ていた。副領事を見てボクは、自分が市民を代表した任務背負っていることを認識し、顔が引きつった。

 フォスターシティ市の元市会議員のスティーブ岡本さんから二日間、市内の案内をしていただいた。

一日目は文化施設であるウィリアム・E・フォーカーレクリエーションセンター、62歳以上の低所得者住宅、レオ・J・ライアン記念公園、ラグーンのダフィボートからの街並みを見学し、スティーブ岡本氏の自宅でディナーをいただく。ディナー後、同行した行政より稲城市のプレゼンテーションを行う。

二日目、フォスターシティ市役所、市警察署、市消防署、小学校、シークラウドパーク、青少年センター、サンマテオ仏教会、サンマテオ・フォスターシティ市学校区などを視察する。

多くの施設を訪問して多くの方と意見交換ができた。サンマテオ・フォスターシティ市のジョアン・ロサス教育長との意見交換では今後姉妹都市提携に向けて具体的な事案をいただけた。スカイプでの教育交流など直ぐ実施可能な提案があった。

フォスターシティ市の多くの方に歓迎していただいた。68歳のボクが非常に多くのことを学ぶことができた。今後、稲城市とフォスターシティ市の友好都市が締結できれば多くの若者、多くの子供たちの学ぶ場が増えることだろう。成人の方々、シニアの方々にとっても有意義な経験の場になる。

二日間の視察を終える頃には、フォスターシティ市の環境になれ、最初、引きつった顔も、元の緩んだ顔に戻った。苦手な英語は、通訳と海外生活が長かったメンバーのお陰で、「Nice meet you」と「Thank you」だけに終わった。

IMG_1753.jpg

スポンサーサイト
2017/02/13

TITLE:「 休刊のお知らせ 

今週の陶芸日誌「まあ、いいか」は休みます。
2017/02/06

TITLE:「 アルゼンチンタンゴと姿勢 

 第43回芸文連サロンコンサートの会場、城山文化センターにアシスト自転車で行った。サロンコンサートは芸文連が毎年一回、開催している。普段接することの少ない音楽を市民に提供する催しである。ジャンルを問わず、クラシックやジャズなど幅広い。昨年はボニージャックスの玉田さん、一昨年は能の演奏会だった。今年は「アルゼンチンタンゴ」の池田みさ子さんのグループによる「魅惑のタンゴをあなたに」。

 120席に会場が開場と同時に満員になった。 開演になりピアニストの池田みさ子さん、バンドネオンの川浪幸恵さん、ヴァイオリンの鈴木慶子さんがドレスの衣装で登場する。

 フェリシア、エルチョクロ、パリのカナロが演奏され、4番目にダンス付の「黄金の心」が演奏された。

 ボクは受付係りのため会場に入れず、この時ばかりは他の理事に受付をお願いして照明室から見ることにした。ボクはダンスが踊れず、興味もないのだが出番を待つダンサーの姿勢のよいのに魅かれて見たくなった。決して女性ダンサーKEIKOさんのスリットの入った衣装からはみ出した足を見たいからではない。

 男性ダンサー、加藤博樹さんが入り口で出番を待つ間に姿勢について聞いた。加藤さんは30歳か40歳代の若者だが姿勢は常に気をつけているそうだ。そして、姿勢の保ち方を伝授してもらった。立った姿勢で右手と左手を脇の下に引き上げ、そのままストンと落とした姿勢が良い姿勢だそうだ。

 近頃、写真に写ったボクの背中の曲がり方が気になり始めた。ボクが考えているより年寄りの姿が写っているのだ。これは50歳から始めた電動ロクロのせいじゃないかとおもうのだが、確かなことは分からない。

 アンコールもいれて全曲10曲中、5曲のダンスがあった。加藤さんのダンスを見ながらダンスに挑戦してみたいと思った。決して女性ダンサーの手を握りたいからではない。

yjimage.jpg

2017/01/30

TITLE:「 仙厓 

  新年を迎えたかと思ったらもう中旬。工房前の梅の花が満開になった。工房の水道管が凍るほど寒い日もあるが,差し込む陽ざしが春を感じさせ始めた。久しぶりに会社のOB会に出席した。

 文京区の永青文庫で展示されている仙厓展を見てきた先輩から良かったと聞いた。図録を見ていると先輩が良かったら先に見てよと貸してくれた。図録にある〇△□図は見たことがあったが、仙厓については何も知らなかった。

 仙厓は美濃国武儀郡(岐阜県)で生まれ、11歳のころ臨済宗の僧になった。19歳で行脚し月船禅彗の門下になる。32歳で印可を受け、再び行脚。39歳より博多の聖福寺の法嗣となる。本格的に絵を描き始めたのは40歳代後半になってからと見られている。

 仙厓の絵は生前から人気があり、一筆ねだる客が絶えなかった。狂歌も多く読んだ。「うらめしや わが隠れ家は雪隠か 来る人ごとに紙をおいていく」から読み取れる。

 ボクは仙厓の絵を見て陶芸の絵付けに使えると感じた。思うまま作品に筆を走らせる。上手く描こうとか、ここに線を引いた方が良いとか、褒められたいとか、いくらで売れるとか、そんな邪心を感じさせない。

 さすがに禅宗の和尚さんだと感心していると辞世の言葉が「死にとうない」とあった。何だ、同じ人間じゃないか!

 代表作「指月布袋図」を見ていると幸せな気分になって来るから不思議だ。a1d88e4d5913fd63d535a516ffd962ca.jpg

2017/01/23

TITLE:「 句読点 

 昨年からブログで連載した、「陶芸家弓さん」を本にしようと編集と推敲をしている。第一章「陶芸家弓さん」、第二章「弓さんの旅」、第三章「お祭り男、弓さん」、全182ページ。推敲はプリントアウトして行っている。三回目の時、読点の多さが気になり、できるだけカットして見た。ページが少なくなりすっきりした。四回目の推敲の途中で読点の打ち方が間違っているのではないかと不安になり、医薬ジャーナリストの先輩に教えを乞うた。先輩は「そんなもん、気にしなくてよい。あなたの文章は面白い。一番先に出した『窓際のロクロ挽』が一番粗々しくて面白かった。二番目の『窓際の陶芸家』は段々面白さが減ってきた。小さいこと気にせず書きなさい」と言った。

 ボクは陶芸の専門雑誌「陶遊」からエッセイ「楽園みつけた」の連載を頼まれたプロのエッセイストなのだ。「窓際のロクロ挽」や「窓際の陶芸家」書いたときはアマチアだったが今はプロ、読点が間違っていては恥ずかしいのだ。

 先輩の忠告を無視してネットで読点の打ち方を調べた。「読点の打ち方、原則は10パターン」によると法則はないが原則はあるという。

原則は①接続助詞のあと、②独立後のあと、③接続詞のあと、④同じ役割

の動詞、形容詞、副詞などが並ぶ場合、⑤時、場合などを表す前置き文のあと、⑥主語、述語、修飾語の位置関係が変わった場合、⑦長い主語や述語との距離がある主語の場合、⑧意味の取り違いを防ぎ、理解を助けるため、⑨朗読するときの間を意識、⑩会話文のかぎカッコの前、となっている。

 いやいや文章は難しい。なになに、このエッセイにも間違い箇所があるって!ボクの文章は粗々しさが特徴なのだ。

IMG_20170122_114323.jpg