陶芸に関する悪戦苦陶の話
常滑市陶芸研究所「ただ今 研修中の飯田さん」(第二十九話)


小鳥のさえずりで目を覚ました。窓から煙突がいくつも見える風景は焼き物で栄えた町だと改めて思った。

チェックアウトしてホテルに荷物を預けて常滑市民俗資料館に向かった。
民家がまばらにあるが車が通れないほどの小道で木立の間から小鳥のさえずりが聞こえ心地よく歩いた。

ホテルから15分ほどで資料館に着いた。入口にある大きな甕や壷が転がるように置かれている。大きさに驚かされる。
資料館の中には平安時代後期から江戸時代にいたる大甕や大壷が年代に沿って展示されていた。

各コーナーに説明用のビデオがあり大きな甕の作陶を観た。大きな紐状の粘土を腕に巻きつけロクロの周りを自分で廻る迫力あるものだった。
他に国指定重要有形民俗文化財「常滑の陶器生産用具」も初めて目にするものが多かった。

次に常滑市民俗資料館の隣にある常滑市立陶芸研究所に立ち寄った。
常滑市立陶芸研究所は展示場・研究制作場・展示即売場が併設されている。
陶芸作家を志す若い人のための研修施設にもなっていて全国から研修生が集まっている。

案内で研修棟の場所を聞き向かった。研修棟は陳列室棟・宿直室棟・アトリエ棟・窯場棟を通り一番奥にあった。細長い敷地内の右側は林になっていてとても閑静な場所にある。

研修棟では二人の若い女性が8kgの粘土で大壷を作成していた。
男性の先生が指導に当たり恵まれた環境で陶芸の基本から研修できる施設になっている。

今回の目的の一つに 一昨年 MAio108の青山陶芸教室で講師をしていた飯田さんがここで研修していると聞いて会いたいと思っていた。

先生に東京から研修に来ている飯田さんについて聞く。
陳列室の隣に宿直室がありその隣にアトリエがある。そこで作業していると教えて頂いた。
アトリエに行くとロクロに向かって一心不乱に作陶している飯田さんの姿があった。

すでに陶芸教室で先生をしていたがロクロの修行を極めたいと常滑市が募集した研修生の試験に合格して入門している。

この研修は一年の予定だったが継続の希望をだし、認められ二年目の研修に入っている。二年目に入り研修棟からアトリエに移り作陶しているそうだ。
陶芸以外 何も無いアトリエで毎日作陶している。毎日 陶芸漬けの生活で若い修行僧のような雰囲気を感じた。

手も足も服も粘土で汚れているが耳にイヤリングをし、自信に満ち若くて美しく輝いている飯田さんに会えた。


20060630225748.jpg







2006⁄06⁄30(Fri) 22:44   陶芸 | Comment(2) | Trackback(0) | ↑Top
常滑で出会った老人(第二十八話)


陶芸道場から出て土管坂を見学した。夕闇が迫ってきた。
坂の曲がり角の途中に薄暗い工房があった。引き戸のガラス部分から中が覗けた。
ロクロに向かった陶工が見えたので引き戸を開けて尋ねた。陶工は立ち上がり「どうぞ」とボクを中に誘ってくれた。

ボクは作業を止めたことを悔い、引き返そうしたが「ちょうど 区切りがいいのでお茶を淹れましょう」と誘ってくれた。

お茶を頂きながらいろいろなお話を聞いた。ボクは宮崎のプロに弟子入りしたことなどを話した。

老人は陶芸人名辞典を取り出し あなたの師匠はどの人だと聞いた。ボクの師匠は辞典に出るほど有名な人でないと告げる。その辞典には宮崎県で山崎忠之氏 一人が紹介されていた。

工房は宮崎の縄文先生の工房と同じように狭い。天井が低く手板が頭の上に置かれて作品がいくつかまばらに並んでいた。どの作品も完全に乾いて埃がかぶっていた。老人が向かっていたロクロの上も水気が全然なかった。

お話を聞かせて頂き、退散しようとした。辞退したが老人はそこまで送るとボクと一緒に歩き始めた。途中 知多半島を横切る街道の場所を教えて頂いた。土管坂は正式に光明人寺の坂と言い、老人の子供の頃は狸や狐の通る路だったと教えて頂いた。

一緒に歩きながら老人の左半身が不自由であることに気が付いた。もしかして工房の様子から現在作陶をしてないのではないかと感じた。

老人はボクの泊まっている常滑観光ホテルの見える場所まで送ってくれた。坂を下るボクをいつまでも見送ってくれた。最後の曲がり角でボクは頭を深く下げて失礼した。

東京に戻りインターネットで頂いた名刺の名前 猪飼眞吾を打ち込んでみた。

朝日陶芸展入選・中日国際陶芸展入選・日本陶芸展入選・日本伝統陶芸展入選・イタリア・ファエンツァ国際陶芸展招待出品・フランス・パロリス国際陶芸展銀賞受賞等々の受賞。その他 数々の個展 常滑陶芸研究所  講師・運営委員 などが記載されていた。



DSCF0007.jpg







2006⁄06⁄22(Thu) 20:58   未分類 | Comment(2) | Trackback(0) | ↑Top
陶芸道場(第二十七話)


二重・三重に包んだ土瓶をぶら下げ陶磁器会館などを観て廻り、ブラブラ歩いていたら陶芸道場の看板が眼に入った。

広い工房にロクロが五台並んでいる。左奥には大きなガス窯と電気窯が二基据付けられている。その横には大・中・小の土練機が三台並んでいる。今まで見たことの無いセメンのミキサーのような機械も据えてある。その横にこちらも始めてみる土をプレスする機械がある。ミキサーは土をミルする機械だそうだ。ガス窯の中には棚代わりに作品の乗せられた手板が数枚重ねられている。

伝統工芸士 近藤義和氏の工房だ。

近藤先生は急須を専門に修行をされた陶芸家で伝統工芸士の称号を持つ。がっしりした体躯の持ち主でいかにもロクロの達人であることが察しられた。

立川市で陶芸の修行中であることを告げ、お話を伺うことができた。
急須を作るコツなど高等技術から機械の使い方、シッタの轆轤盤上での合わせ方などの基本技術まで一見客のボクの質問に丁寧に一つ一つ応えて頂いた。
基本的なことで恥ずかしいがシッタの合わせ方で苦労していると話すとロクロに座り実践でコツを伝授して頂いた。

ボクは陶芸教室でなく陶芸道場を標榜している理由を聞いた。

教室は生徒に気を使いながら運営しなくてはならないが道場は初心者から心得のある人までやってくる。遠慮なく指導が出来るので気苦労が少ないそうだ。

陶芸教室は習い事の延長で仲間作りが優先順位の上位に来る。先生の手が入っても(先生が手伝う)出来上がった作品が全てで自分の作品として満足する。全ての人がそうではないが技術伝達をしようした時、充分に伝わらない。
近藤先生は伝統技術を伝達できなくても、技術のの価値を理解して頂く人達を育てたいようだ。

道場を標榜している意味が分かりかけた頃、常滑焼協同組合で製作したビデオを三本出して来て貸して頂いた。

第一巻 常滑焼伝統技法 茶器編 ろくろ 製造工程全般
                ろくろ 面取 指頭紋

第二巻 常滑焼伝統技法 茶器編 ろくろ 練込 近藤和義
                紐作り

第三巻 常滑焼伝統技法 茶器編 細字・のた絵・彫り・カット                   
                貝焼・飛びカンナ

何れも門外不出の伝統技法が収録されたビデオで陶芸家にとって聖書ともいえる逸品である。 

少ない時間だったがボクの陶芸に対する熱意が先生に伝わり、貸して頂けたと思う。

先生の製作した朱泥土の急須を購入して道場を後にした。

急須は胴回り35mm・高さ40mm・把手(とって)20mmの超ミニサイズ。
今 自宅のぐい飲みを並べた棚に一番小さいが一番輝いて座っている。


20060616222043.jpg







2006⁄06⁄16(Fri) 22:21   陶芸 | Comment(1) | Trackback(0) | ↑Top
常滑焼と急須(第二十六話)


名古屋国際会議場での会議が終わり名鉄常滑線の金山駅から名鉄常滑・空港特急に乗って常滑に向かった。
常滑駅からタクシーで常滑観光ホテルにチェックインする。

「やきものを楽しむ12巻 常滑焼」を片手に徒歩で向かう。
夕方の四時頃だったが人通りが無く静かな町だ。煙の出ていない煙突が何本か見え建物が黒っぽく工場地帯に入り込んだ感じがする。今まで行った窯業地とは雰囲気が違うと感じながら やきもの散歩道Aを廻った。

民家や工房がそのままギャラリーになっている。窯が展示場兼ギャラリーになっているお店もある。

どこの窯業地に行っても安サラリーマンのボクは高い作品の購入はしない。
作家さんとの話の中で少し技術の裏技など教えて頂けた時、作品の値札を見て千円位なら購入することにしている。

今回の常滑では見本にする為、急須だけは購入しようと決めていた。人間国宝の三代目山田常山の急須だと何十万円はする。他の作家の作品でも手作りだと何万かするだろう。少なくとも1万円は覚悟して財布の中に忍ばせていた。

ギャラリー「光きゅうす」の店前に急須や土瓶が一つの箱に山積みされていた。値段を見ると急須1500円・土瓶1800円とあった。ボクは手にとってどちらも型物だと思った。

急須を購入する予定だったが何故か土瓶を店の中に持ち込み値段の交渉をした。

ボク「これは型物でしょう」
お店のおばちゃん「ここには型物は置いていせん。全部作家の作品です」

ボクは常滑の赤い急須の釉薬は何を使っているのかなどを聞いた。
おばちゃんから常滑の急須は釉薬を使ってない。きめの細かい粘土にベンガラ(鉄)を練りこんだ朱泥土で作成する。出来上がった作品をパフと言う布で磨き上げて作成すると丁寧に教えて頂いた。

教えて頂いたのでボクは手に取った土瓶をそのまま購入しようと思ったが土瓶に小鳥の糞が付いていたので少しおまけして頂けないか恐る恐る聞いた。
おばちゃんはにっこり笑って「1500円で良いよ」と言ってくれた。

ボクは財布から1500円取り出し「これは撥ね物(はねもの)(傷などで品質が規格に合わないもの)」と聞く。
おばちゃんは「そうだよ」と言った。
ボクには小鳥の糞以外 完璧な出来具合と思ったのだが・・・




DSCF0049.jpg

          三代目 山田常山作(常滑市民俗資料館)






2006⁄06⁄10(Sat) 11:41   陶芸 | Comment(7) | Trackback(0) | ↑Top
団塊の世代(第二十五話)


「団塊は資源です。」と言うキャッチコピーを新聞で見た。

団塊は熱
いるだけで密度のちがう空気を放つ

団塊は波
引いたかと思えばまた寄せてくる

団塊は数
ばらばらに見えてたちまち整列する

それが自覚的であれ無自覚であれ
団塊はその塊で 前にある壁を蹴散らし
あとには瓦礫と足跡と道を残す
埃っぽく騒々しい しかしそこに痛快がある

日本はこれからも年齢を重ねていく
しかし老いとはちがう何かが待っているような気がする
かってどの時代 どの国でも起こっていないことを
団塊がしでかしてくれる気がする

団塊はエネルギー
しぶといエネルギー
きっと団塊は死ぬまで退場しない
あとの人々は半ばあきれながらも楽しそうに
彼らの背を追いかけていく


見開きの全面にこのキャッチコピーを見た。見開きの三分の一にこの文章三分の二に群馬が駆ける写真が掲載されていた。
団塊の世代への応援歌と見た。

ボクのエッセイ「窓際のロクロ挽き」は 最初 窯焚の時、時間つぶしに書き始めた。その内 自分への応援歌に代わり 自分だけではもったいないと同じ世代に対する頑張ろうメッセージを意識しながら書き続けている。

いろいろな出版会社に原稿を送り宮崎時代の前半が陶遊の一月号二月号に掲載された。東京に戻ってからの原稿は昨年10月からこのブログで掲載している。

このキャッチコピーは団塊世代を言い当てていると思う。

「きっと退場しないだろう・・・て・・・ お前の払った年金は残ってないよ。死ぬまで働けって云うんだろう。要らんお世話だ 分かっているよ・・・フン」

「団塊世代への応援歌だと・・・要らん世話だ・・・でもチョットいいね」

ボクの書いたエッセイでなくて このキャッチコピー。






2006⁄06⁄03(Sat) 18:41   未分類 | Comment(5) | Trackback(0) | ↑Top

| HOME |

プロフィール

Author:どうしょう花
サラリーマン生活が残り一年になりました。
宮崎での単身赴任時代に始めた陶芸が十年になります。
昨年 年末に窯を持ちプロとしての環境が整いました。
サラリーマン生活を悔いのないように全力でラストランしたいと思います。
週末は、陶工への道にむかい励みます。
還暦前の老人が悪戦苦闘している日々を「どうしょう花」がエッセイにして毎週水曜日に掲載致します



最近のトラックバック

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

Powered By FC2ブログ

↑Top



Copyright © 2006 窓際の陶芸家. All Rights Reserved.