陶芸に関する悪戦苦陶の話
夏を食う(第三十八話)


毎月 府中の陶芸倶楽部「花峰」から花峰通信が送られてくる。
今月号の発行がNo164なので10年以上続いている。ボクも陶芸に関する知識をこの通信から多く学んでいる。

8月号の「みんなの広場」のコラムに「夏を食う」というタイトルの記事があった。その記事に夏の酒は日本酒をキリリと冷やして蝉を肴に呑むのが良いと書いてあった。

子供の頃、村にあった駐在所に警察官が赴任して来た。そこの息子はボクと同級生だった。その友の弁当にイナゴの佃煮が入っていて驚いた記憶が蘇って来た。

ボクの田舎ではイナゴを食べる習慣がなかった。イナゴは魚釣りの餌にしか考えていなかった僕らは驚いた。
大人になった今でもイナゴを食するには抵抗がある。各地にイナゴの佃煮があり特別な珍味でもないと承知している。

もしかしてイナゴと同じく蝉も地域によって普通に食材としてあるのかとネットで調べてみたが見つからない。猫が食べるとかいてあるが人間が普通に食べるとは書いていない。

ボクは花峰陶芸倶楽部に出かけて渡辺先生に蝉を食することについて訊いた。先生は「生きたまま串刺しにしてガスコンロの弱火で炙るとパラパラと羽が燃える。次に醤油につけて照り焼きにして食べる。アブラゼミは少し臭みがある」とコラムに書いていた事をまじめな顔でボクに説明した。
続いてとり方も教えてくれた。
「朝5時半 蝉が動き出す前に野球のバットを持って木下に行き思い切り木をひっぱたく。すると蝉は突然の振動に痺れショック状態で草むらにボタボタと落ちてくる」とこれもまじめな顔でコラムと同じ説明をした。

先生が窯場の方に出て行ったので傍にいた奥様にボクは「本当ですか」と聞いた。奥様は「飢饉でもないし食べない方が良い」とこれもまじめな顔で応えた。

花峰工房の裏の公園から聞こえてきたせみ時雨の中、もしこれが本当の話でも蝉は夏を舌で感じるものでなく耳で感じるものだとボクは思った。
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2006⁄08⁄31(Thu) 22:14   未分類 | Comment(10) | Trackback(0) | ↑Top
アイスキャンディー(第三十七話)


お盆が過ぎて猛暑がやってきた。蝉が絶好調の鳴き声を朝から夕方まで一日中上げている。

週末 工房に着くと皆一様に「暑い」「暑い」とウンザリした声を上げていた。

ロクロを回しながら 暑い日にアイスキャンディーを食べた子供の頃を想いだした。
ボクの育った山奥の村にもおじさんが自転車でアイスキャンディー売りに来た。10円だったか20円だったかよく覚えていないが母親に買ってもらい食べた。
その後は駄菓子や雑貨を扱っているお店や酒屋さんで夏場アイスボックスに入れて売っていた。近くの川で泳いだ後、買って食べた記憶がある。
何故か今日は子供の頃食べたアイスキャンディーが無性に食べたくなった。

アイスキャンディーは大正時代、病院の看護婦さんが夏の暑さを紛らわしてもらおうと、試験管に入れた砂糖水を氷に塩を加える方法で凍らせて、患者さんにふるまい出来たそうだ。
昭和の初め頃からじわじわと全国へ浸透した。町には自転車に乗ったアイスキャンディー屋も現われた。このブームの終わり頃に山奥の村にもやってきたと思われる。

昼食が終わり暑い中、ふらふらと近くのコンビに出かけた。何となく昔食べたアイスキャンディーが売っていそうな気がした。
アイスボックスの中を覗くと棒に刺さった四角のアイスが置いてあった。ソーダー・マンゴー・オレンジ・アズキなど幾つか種類があった。

ソーダー味の「ガリガリくん」を10個買って工房に戻った。鉄工の若い人、木工教室に来ていた年配の生徒も一斉にかぶりついた。ポタポタ落ちるしずくをすすりながら食べている姿は子供の頃のままだった。

ボクは食べ終わった棒をもう一度なめて見た。ほのかな甘さと木の匂いが蝉の鳴き声の向こうに故郷を感じた。






2006⁄08⁄24(Thu) 23:03   未分類 | Comment(11) | Trackback(0) | ↑Top
線香花火(第三十六話)


8月に入り立川の工房に向かう車のラジオで永六輔さんがお盆に打ち上げる花火の話をされていた。

花火は亡くなった人の冥福を祈るものでもある。佐渡の山奥の地域で谷間に木霊する花火を打ち上げているそうだ。

花火はその年に亡くなった人を偲んで上げる。打ち上げるとき「この花火は今年何月何日に亡くなった誰々さんの花火です」とアナウンスされる。次に上がるまでの間に、亡くなった人を偲び、皆で冥福を祈る。

お盆は、先祖や亡くなった人たちの精霊(しょうりょう)を迎える行事。灯かりを頼りに帰ってくるといわれ、十三日の夕刻に、仏壇や精霊棚(しょうりょうだな)の前に盆提灯(ぼんちょうちん)や盆灯籠(ぼんとうろう)を灯し、庭先や門口で迎え火として麻幹(おがら)を焚く。それが「迎え火」だ。
十四日、十五日は、精霊は家にとどまり、十六日の夜、家を去り、帰ってゆく。この時には、迎え火と同じところに、今度は送り火をたき、帰り道を照らして、霊を送り出す。これを、「送り火」という。 

ボクの家には先祖をお祭りする仏壇がない。

せめて気持ちだけでもと線香花火を買って来てベランダで一本だけ火を点けて見た。

最初 小さくパチ・・・パチ・・・パチと始まり段々強くバチ・バチ・バチと強い光を放つ。段々弱くなりバチ・バチ・・バチとなりパチ・・・パチ・・・パチ・・・・・・・パチと最後の弱い光を放ちポタと落ちた。

永六輔さんが線香花火は人の一生を表しているとも話していた。

ボクは随分前にバチ・バチしなくなったような気がする。パチ・・・パチ・・・パチもないような気がする。もしかしてポタの一歩前かもしれない。

そんなことを考えながらベランダで迎え火の線香花火を見つめた。


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2006⁄08⁄18(Fri) 05:51   未分類 | Comment(2) | Trackback(0) | ↑Top
趣味と健康「炭焼き」(第三十五話)


MAio108の木工教室・鉄工教室に通ってくる人は元気な方が多い。
火や器具を使う鉄工・危険な機械を扱う木工 どれも元気が無くては出来ない作業だ。
特に夏場の鉄工は厳しい。午後1時から5時まで汗だくになりながら作業が続く。水分を充分に取って作業しているが普通の体力ではもたない。

木工場にも扇風機はあるがエアコンが無く蒸し風呂の中で作業を続けている状態だ。

木工教室も鉄工教室も定年後に習い始めた人が多い。それも一つでなくていろんな事に挑戦している人が多い。

生徒の中に特別元気な永山さんがいる。歳は70歳に近いらしい。
鉄工は昨年から始めたが炭焼き・紙すき・竹細工・家庭菜園は前からやっている。
家庭菜園は生ゴミを出さない生活と結びつけ有機栽培に取り組んでいる。紙すきや竹細工も相当な腕前のようだ。
陶芸の窯焚きで炭還元と言う焼き方があると話したら炭を持ってきましょうと竹の炭を袋一杯 工房に届けてくれた。

永山さんに紙すきや竹細工、家庭菜園の話をお聴きするのは大変楽しい。
話の中に炭焼きを始めて風邪を引かなくなったとお聴きした。
永山さんの説だと炭は昔から水道タンクに入れて水を浄化させたり床下にまいて消毒させたり空気や水を綺麗にする作用がある。
多分 炭が病原菌を消毒して風邪を引かないのだろうと話してくれた。

ボクは子供の頃から虚弱体質なので炭焼きを始めようかと永山さんの話を聴きながら考えた。

そう言えば陶芸を始める前までは年に一回くらい風邪を引いていたが8年前 宮崎に単身赴任してから風邪を引いていない。

単身赴任して二年目から陶芸を始めた。もしかして炭焼きだけでなく陶芸も病原菌を消毒する何かがあるのかもしれないと薬屋のボクは考えた。






2006⁄08⁄11(Fri) 03:59   未分類 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
義理猪口→ぐいのみ収集(第三十四話)


宮崎で陶芸を始めた頃、手捻りのぐい飲み 1000個を目指して作陶している松木さんに出会った。松木さんのぐい飲みは一つとして同じものはない。形もそうだが釉薬も変わったものが多い。

近頃 陶芸仲間から個展の案内をよく頂く。出来るだけ時間を見つけて出かけることにしている。記念に何か一個だけと思い探すと何故かぐい飲みを買っている。

一個 千円位のものが多くポケットマネーから買いやすい事とカバンに仕舞いやすいことが大きな理由だ。

窯業地など見学した時もお店に立ちより作家さんから直接話が聞けた時もお礼に何か一個と思うとぐい飲みを購入している。
今まで求めたもので一番高いぐい飲みでも多治見で買った黄瀬戸の3000円が最高だ。

デパートなどで有名な陶芸家のぐい飲み一個30000円を観ても絶対に買わない。本当はボクの財布の中に1万円以上入っている事がないので買えない。

段々 作品棚にぐい飲みが溜まってしまい重ねて置いてあった。

MAio108 79歳の木工の諸さんに頼みぐい飲み棚を作ってもらった。
縦幅385mm・横幅535mm・幅80mmの中に30個の棚が出来上がった。

一個一個並べて見た。個性的なぐい飲みが勢ぞろいして思い出も並んだ。

どれも立派なぐい飲み。義理猪口なんて命名してはぐい飲みに失礼だ。

今夜はどれで呑もうか・・・今夜も又、呑み過ぎそうだ。


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2006⁄08⁄03(Thu) 20:02   未分類 | Comment(2) | Trackback(0) | ↑Top

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プロフィール

Author:どうしょう花
サラリーマン生活が残り一年になりました。
宮崎での単身赴任時代に始めた陶芸が十年になります。
昨年 年末に窯を持ちプロとしての環境が整いました。
サラリーマン生活を悔いのないように全力でラストランしたいと思います。
週末は、陶工への道にむかい励みます。
還暦前の老人が悪戦苦闘している日々を「どうしょう花」がエッセイにして毎週水曜日に掲載致します



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