朝夕がめっきり寒くなり見事に色づいた稲城城山公園の紅葉を見ながら工房に着いた。
棚の上で乾かしていたひょうたん型壷は誰からも抱き付かれず三体とも無事な姿でボクを迎えてくれた。
ボク好みの一番大きいルノアールがこの段階で不採用になった。没になった理由は3m四方のブースの中で高さが50cm腰周りの直径30cmが大きすぎると言うのだ。
西野オーナーの最初の注文では、高さ45cm位で幅が30cm位と云われたので本焼きをすると注文どおりの大きさに仕上がるはずである。
ところが西野オーナーは小さい東郷青児を選択した。オーナーの好みの体型で選択したのではないかボクは少し不満を感じた。
東郷青児の二つのスリムなひょうたん型壷を電気窯の中に窯詰めして素焼きに入った。立てた状態では窯の高さが足りず寝せた状態にして入れた。
100度まで3時間かけてあぶり300度まで3時間、その後 一時間で100度のペースで温度を設定して夜中に焼き上げた。
次の日の朝 割れてないか心配しながら工房に着く。すぐに温度を確かめる。午前9時4分 436度。そっと蓋を少し開き小さいツク(*)を挿める。懐中電灯で中を確かめるが良く見えない。10時26分にもう少し開き中を覗いた。上からは無事な様子。12時51分 180度になり一番長いツクで蓋を支え温度を冷ます。午後4時に窯から取り出す。二体とも無事に取り出せた。
予定どおりボクの開発したクルミ灰釉薬を掛け、まだ温かい窯へ窯詰めした。
今回焼いたひょうたん型壷はロクロで上と下のパーツを別々に挽きくっ付けた。
くっ付けた後に口の部分を細くしぼめた。構造上 中の乾きと外の乾きが違い、ひびが入らないか心配だった。その上 乾かす時間が一週間と短い為、素焼きして手に取るまで心配だった。
ボクの開発したクルミ灰釉薬は還元焼成だと黒っぽい緑色、酸化焼成だとベージュ。今回は酸化焼成なのでベージュのひょうたん型壷が出来上がる予定。
素焼きから釉薬掛けし窯詰めをした。ここまでは何とか順調にいった。
ベージュ色に染まった紅葉の中を車で家路に着いた。
インテリアフェスティバルは来週に迫っている。
(*)ツク→棚板(窯の中の棚)を支える柱

棚の上で乾かしていたひょうたん型壷は誰からも抱き付かれず三体とも無事な姿でボクを迎えてくれた。
ボク好みの一番大きいルノアールがこの段階で不採用になった。没になった理由は3m四方のブースの中で高さが50cm腰周りの直径30cmが大きすぎると言うのだ。
西野オーナーの最初の注文では、高さ45cm位で幅が30cm位と云われたので本焼きをすると注文どおりの大きさに仕上がるはずである。
ところが西野オーナーは小さい東郷青児を選択した。オーナーの好みの体型で選択したのではないかボクは少し不満を感じた。
東郷青児の二つのスリムなひょうたん型壷を電気窯の中に窯詰めして素焼きに入った。立てた状態では窯の高さが足りず寝せた状態にして入れた。
100度まで3時間かけてあぶり300度まで3時間、その後 一時間で100度のペースで温度を設定して夜中に焼き上げた。
次の日の朝 割れてないか心配しながら工房に着く。すぐに温度を確かめる。午前9時4分 436度。そっと蓋を少し開き小さいツク(*)を挿める。懐中電灯で中を確かめるが良く見えない。10時26分にもう少し開き中を覗いた。上からは無事な様子。12時51分 180度になり一番長いツクで蓋を支え温度を冷ます。午後4時に窯から取り出す。二体とも無事に取り出せた。
予定どおりボクの開発したクルミ灰釉薬を掛け、まだ温かい窯へ窯詰めした。
今回焼いたひょうたん型壷はロクロで上と下のパーツを別々に挽きくっ付けた。
くっ付けた後に口の部分を細くしぼめた。構造上 中の乾きと外の乾きが違い、ひびが入らないか心配だった。その上 乾かす時間が一週間と短い為、素焼きして手に取るまで心配だった。
ボクの開発したクルミ灰釉薬は還元焼成だと黒っぽい緑色、酸化焼成だとベージュ。今回は酸化焼成なのでベージュのひょうたん型壷が出来上がる予定。
素焼きから釉薬掛けし窯詰めをした。ここまでは何とか順調にいった。
ベージュ色に染まった紅葉の中を車で家路に着いた。
インテリアフェスティバルは来週に迫っている。
(*)ツク→棚板(窯の中の棚)を支える柱

ひょうたん型壷のデッサンを眺めながら西野オーナーと好みの女性の体型について話した。
西野オーナーは東郷青児が描いた細身の女性が好みのようだ。
ボクはルノアールの描いた豊満なタイプの体型が好みだ。
一個目の ひょうたん型壷はボクの好みでルノアールの女性像をイメージして製作した。二個目 三個目はフェスティバルに誘って頂いた西野オーナーに感謝を込めて東郷青児の描いた女性像をイメージして製作した。
ルノアールの下の部分と上の部分をくっつけた。翌日 くびれの部分をゴムのヘラで掻き落としながら形を整えた。段々 良い感じのフォルムが現れてきた。
次に東郷青児の下と上をくっつけた。三体とも魅力的なフォルムが現れた。
京都の広隆寺に国宝「弥勒菩薩像」がある。ボクは中学時代に修学旅行で弥勒菩薩を観た。優しいお顔と姿を素晴らしいと感じた事を想いだした。
その時 ご住職からか恩師からかは忘れたが 昭和35年 ある大学生があまりにも美しい姿に魅せられて抱きつき小指を破損した事件があった話を聴いた。
ボクの製作したひょうたん型壷のフォルムはあまりにも艶かしく作業台の上で輝いて見える。ルノアールにも東郷青児にも引けをとらないばかりの見事な芸術作品である。
ボクは今回制作した作品を見て、ボクの知らない芸術的才能に驚いている。
MAio108には芸術家の若い男性が三名いる。
もしかして薄暗い工房でボクの製作したひょうたん型壷に魅せられ抱きつく人がいるのでないかと密かに心配しながら工房を後にした。

(お知らせ)
今週は22日の夜から帰省の為、少し早く更新いたします。
帰省の様子は後日エッセイにして掲載予定です。
西野オーナーは東郷青児が描いた細身の女性が好みのようだ。
ボクはルノアールの描いた豊満なタイプの体型が好みだ。
一個目の ひょうたん型壷はボクの好みでルノアールの女性像をイメージして製作した。二個目 三個目はフェスティバルに誘って頂いた西野オーナーに感謝を込めて東郷青児の描いた女性像をイメージして製作した。
ルノアールの下の部分と上の部分をくっつけた。翌日 くびれの部分をゴムのヘラで掻き落としながら形を整えた。段々 良い感じのフォルムが現れてきた。
次に東郷青児の下と上をくっつけた。三体とも魅力的なフォルムが現れた。
京都の広隆寺に国宝「弥勒菩薩像」がある。ボクは中学時代に修学旅行で弥勒菩薩を観た。優しいお顔と姿を素晴らしいと感じた事を想いだした。
その時 ご住職からか恩師からかは忘れたが 昭和35年 ある大学生があまりにも美しい姿に魅せられて抱きつき小指を破損した事件があった話を聴いた。
ボクの製作したひょうたん型壷のフォルムはあまりにも艶かしく作業台の上で輝いて見える。ルノアールにも東郷青児にも引けをとらないばかりの見事な芸術作品である。
ボクは今回制作した作品を見て、ボクの知らない芸術的才能に驚いている。
MAio108には芸術家の若い男性が三名いる。
もしかして薄暗い工房でボクの製作したひょうたん型壷に魅せられ抱きつく人がいるのでないかと密かに心配しながら工房を後にした。

(お知らせ)
今週は22日の夜から帰省の為、少し早く更新いたします。
帰省の様子は後日エッセイにして掲載予定です。
工房でロクロを挽いているとMAio108の西野オーナーが入って来て「インテリア フェスティバルにMAio108として出品する。どうしょう花さんも 一緒に どお」と云った。
インテリア フェスティバルがどんなものかも分からず西野オーナーの話を聴いていると個人の展示会でなくインテリア関連会社の展示会のようだ。
プロの集団が総力をかけて創作したインテリアを展示するイベントらしい。
MAio108のブースとして3m×3mの空間に展示するそうだ。
とてもそんなところにボクのようなアマチュアの作品を展示するなんてとんでもないと思った。
MAio108では鉄工・木工・陶芸のコラボレーションによるインテリアの製作を主な生業としている。
ボクへの注文はひょうたん型の壷で口に電球と金属の傘を取り付けた ひょうたん型ランプの製作だそうだ。
MAio108の鉄工・木工のプロ達に迷惑をかけては悪いという気持と陶芸には三宅さんという立派なプロがいるのでとてもお受けするよな話でないと思った。
片一方に将来プロになる為の好機だと大きな勘違いした自分がいた。
そして自分の知らないボクが「やらせて下さい」。
ウアーとんでもないことになった。
夜 帰宅してからひょうたんの形をネットで調べデッサンした。
デッサンしていると上としたとのバランスで表情が大きく違ってくる事に気が付いた。
下を大きくすると熟年の女性の後ろ姿に見える。ボオーン・ボオーン・プルルンという感じ。細くすると若い女性の後ろ姿に見える。ツルッ・ツルッ・プルンという感じ。
ここは好みだと思い、思い切りルノアールが描いた豊満な女性をイメージしてひょうたん の下の部分を大きく描いた。特に腰のくびれの部分は注意しながら描いた。
11月の始めの三連休に一日有給休暇をとり四日間で三個仕上げた。
一つは輪積みで製作した。高さが50cmを超え、腰まわりもイメージどおりボオーンとボクの好みに仕上がった。
西野オーナーから何故か大きすぎると指摘があり、別に高さ45cmのひょうたん型壷を二個ロクロで製作した。
大きいひょうたん型壷はルノアールの描いた女性像をイメージした作品に、小さい二つは東郷青児の描いた女性像をイメージした作品に仕上がった。

インテリア フェスティバルがどんなものかも分からず西野オーナーの話を聴いていると個人の展示会でなくインテリア関連会社の展示会のようだ。
プロの集団が総力をかけて創作したインテリアを展示するイベントらしい。
MAio108のブースとして3m×3mの空間に展示するそうだ。
とてもそんなところにボクのようなアマチュアの作品を展示するなんてとんでもないと思った。
MAio108では鉄工・木工・陶芸のコラボレーションによるインテリアの製作を主な生業としている。
ボクへの注文はひょうたん型の壷で口に電球と金属の傘を取り付けた ひょうたん型ランプの製作だそうだ。
MAio108の鉄工・木工のプロ達に迷惑をかけては悪いという気持と陶芸には三宅さんという立派なプロがいるのでとてもお受けするよな話でないと思った。
片一方に将来プロになる為の好機だと大きな勘違いした自分がいた。
そして自分の知らないボクが「やらせて下さい」。
ウアーとんでもないことになった。
夜 帰宅してからひょうたんの形をネットで調べデッサンした。
デッサンしていると上としたとのバランスで表情が大きく違ってくる事に気が付いた。
下を大きくすると熟年の女性の後ろ姿に見える。ボオーン・ボオーン・プルルンという感じ。細くすると若い女性の後ろ姿に見える。ツルッ・ツルッ・プルンという感じ。
ここは好みだと思い、思い切りルノアールが描いた豊満な女性をイメージしてひょうたん の下の部分を大きく描いた。特に腰のくびれの部分は注意しながら描いた。
11月の始めの三連休に一日有給休暇をとり四日間で三個仕上げた。
一つは輪積みで製作した。高さが50cmを超え、腰まわりもイメージどおりボオーンとボクの好みに仕上がった。
西野オーナーから何故か大きすぎると指摘があり、別に高さ45cmのひょうたん型壷を二個ロクロで製作した。
大きいひょうたん型壷はルノアールの描いた女性像をイメージした作品に、小さい二つは東郷青児の描いた女性像をイメージした作品に仕上がった。

夏の神様と冬の神様の綱引きが終わり穏やかな秋晴れが続いている。多摩川沿いの はなみずきが控えめな赤に染まった頃、工房から帰宅すると新そばが届いていた。
今年の三月 定年退社した先輩からの贈り物だった。
現役時代 猛烈社員で知られ、仕事が趣味のような人だったが定年前 蕎麦打ちが趣味だと聞いた。定年後はそば屋でもやるかと笑っておられた。
お世話になったお礼に蕎麦猪口を贈る約束をして白化粧の蕎麦猪口5個を製作した。夏の少し前に出来上がり贈った。
そのお礼に新そばを打って頂いたそうだ。
早速 ゆでて食してみた。香りがよく食感がよく今まで食べた蕎麦で最上級の味だ。
ボクは数年前からウエストが85cmを超えメタボリックの危険領域に差し掛かっている。その為にお昼はもり蕎麦か きつね蕎麦と決めている。暑い日は もり、寒い日は きつね、少しお金があるときは とり南蛮(鴨南蛮でない)。
お陰で蕎麦にはチョイトうるさい。
蕎麦は温かい食べ方と冷たい食べ方がある。温い代表は かけ・きつね・たぬき。冷たいのは もり・ざる・せいろ。ざるは 笊に盛ったそば、せいろは蒸篭に盛ったそば。もりは少しやっかいでざるに盛った店もあり蒸篭に盛った店もある。江戸時代に始まったらしい。
ちなみに、海苔かけを称して「ざる」とするのは明治以降のことである。
かけはぶっかけ蕎麦の「ぶっ」が取れたもの。
蕎麦は採りたて・挽きたて・打ちたて・ゆでたてが旨いとされている。
蕎麦は夏と秋に収穫される。秋に収穫したものが新そばと言う。
江戸っ子の「初物好き」はよく知られるところだ。これは「初物を食べると七十五日寿命が延びる」という俗信が根強くあったためというのが定説で、「初物七十五日」という言葉もある。初物の代表が鰹とそば。鰹は初が付けば高価だったらしいがそばは初がついても値段は変わらなかったそうだ。
ボクは江戸っ子でないので普段初物にこだわっていないが先輩の打った新蕎麦は本当に旨い。
さっきから何か少し物足りないと思ったら家で使っている蕎麦猪口 お店で買った染付け(*)の蕎麦猪口ではないか。
なんでボク作ったの蕎麦猪口がないのだ。
えっ 自宅用の蕎麦猪口はまだ作ってなかった。
(*)染付け→呉須絵(青い模様)の磁器

今年の三月 定年退社した先輩からの贈り物だった。
現役時代 猛烈社員で知られ、仕事が趣味のような人だったが定年前 蕎麦打ちが趣味だと聞いた。定年後はそば屋でもやるかと笑っておられた。
お世話になったお礼に蕎麦猪口を贈る約束をして白化粧の蕎麦猪口5個を製作した。夏の少し前に出来上がり贈った。
そのお礼に新そばを打って頂いたそうだ。
早速 ゆでて食してみた。香りがよく食感がよく今まで食べた蕎麦で最上級の味だ。
ボクは数年前からウエストが85cmを超えメタボリックの危険領域に差し掛かっている。その為にお昼はもり蕎麦か きつね蕎麦と決めている。暑い日は もり、寒い日は きつね、少しお金があるときは とり南蛮(鴨南蛮でない)。
お陰で蕎麦にはチョイトうるさい。
蕎麦は温かい食べ方と冷たい食べ方がある。温い代表は かけ・きつね・たぬき。冷たいのは もり・ざる・せいろ。ざるは 笊に盛ったそば、せいろは蒸篭に盛ったそば。もりは少しやっかいでざるに盛った店もあり蒸篭に盛った店もある。江戸時代に始まったらしい。
ちなみに、海苔かけを称して「ざる」とするのは明治以降のことである。
かけはぶっかけ蕎麦の「ぶっ」が取れたもの。
蕎麦は採りたて・挽きたて・打ちたて・ゆでたてが旨いとされている。
蕎麦は夏と秋に収穫される。秋に収穫したものが新そばと言う。
江戸っ子の「初物好き」はよく知られるところだ。これは「初物を食べると七十五日寿命が延びる」という俗信が根強くあったためというのが定説で、「初物七十五日」という言葉もある。初物の代表が鰹とそば。鰹は初が付けば高価だったらしいがそばは初がついても値段は変わらなかったそうだ。
ボクは江戸っ子でないので普段初物にこだわっていないが先輩の打った新蕎麦は本当に旨い。
さっきから何か少し物足りないと思ったら家で使っている蕎麦猪口 お店で買った染付け(*)の蕎麦猪口ではないか。
なんでボク作ったの蕎麦猪口がないのだ。
えっ 自宅用の蕎麦猪口はまだ作ってなかった。
(*)染付け→呉須絵(青い模様)の磁器

週末 ボクはちゃわん屋になる為、工房で作陶しながら一日を過ごす。
ビアーマグ・片口・茶碗・お湯のみ・皿・ぐい飲みなど日用食器を主に製作している。
元々手先が不器用なのと集中力が長く続かないので小さいものを続けて作っていると段々ストレスが溜まってくる。
一年に何回かストレスの溜まった頃、気が付くと大壷の製作をしている。
宮崎で陶芸を始めた頃は大きく作ったつもりでも高さ20cmくらいの壷しか出来なかったが今では50cmくらいの壷も出来るようになった。
小さいものはロクロで一本挽き(*)できるがほとんど輪積み(**)で製作している。
中世では、常滑焼の甕が蔵骨器や埋蔵銭、水甕など多量の液体などを貯蔵 保管する容器として使われたが近世になると桶にとって代わられた。
水瓶や味噌壷・漬物壷などは四・五十年前までどこの家庭でも使われていた。現在ではプラスチック容器などにとって代わられ家の中でほとんど見る事が無くなった。
大きな壷を一生懸命製作しても花器かオブジェにしかならないのは分かっているが年間数個製作している。
満足のいく壷は、今までほとんど出来ていない。出来の悪い壷も窯から出して手にとると壊す気がなくなり手元に置いている。その為、家の中には大きな壷がごろごろ転がっている。
壷を製作している時、不思議な気持になる。子供の頃、隠れ家を作った感覚に似ている。何か秘め事をしているような感覚である。
段々 積み上がって形が出来てくると少し離れて丸みを確かめる。そして触って丸みを確かめる。何度も繰り返し、時々 壷の中に手を突っ込んで丸みを確かめる。
最後の工程で口縁部を付ける時、どんな形にするか わくわくしながらとり付けていく。口縁部の形で壷全体の雰囲気が決まる。
いつも壷を製作する時、壷には不思議な魅力があるとボクは感じる。
中国の故事に「壷中之天」と云う話がある。
中国後漢の費長房(ひちょうぼう)が市場役人をしていたとき、薬売りの老人が夜になると店頭の大きな壷の中に入るのを見た。そこで老人に頼んでその壷の中に入れてもらうと、壷の中は、酒やごちそうのある宮殿で別天地であった言う話である。
ボクは月曜日から金曜日まで薬屋をしている。週末 MAio108の工房で茶碗を作りながら過ごす。
酒もごちそうもないけれどボクにとってこの工房は壷中之天かもしれない。
* 一本挽き→ロクロの上に粘土の塊を一個置き一つの作品を作る方法
**輪積み →ひも状にした粘土を積み上げて作品を作る方法

ビアーマグ・片口・茶碗・お湯のみ・皿・ぐい飲みなど日用食器を主に製作している。
元々手先が不器用なのと集中力が長く続かないので小さいものを続けて作っていると段々ストレスが溜まってくる。
一年に何回かストレスの溜まった頃、気が付くと大壷の製作をしている。
宮崎で陶芸を始めた頃は大きく作ったつもりでも高さ20cmくらいの壷しか出来なかったが今では50cmくらいの壷も出来るようになった。
小さいものはロクロで一本挽き(*)できるがほとんど輪積み(**)で製作している。
中世では、常滑焼の甕が蔵骨器や埋蔵銭、水甕など多量の液体などを貯蔵 保管する容器として使われたが近世になると桶にとって代わられた。
水瓶や味噌壷・漬物壷などは四・五十年前までどこの家庭でも使われていた。現在ではプラスチック容器などにとって代わられ家の中でほとんど見る事が無くなった。
大きな壷を一生懸命製作しても花器かオブジェにしかならないのは分かっているが年間数個製作している。
満足のいく壷は、今までほとんど出来ていない。出来の悪い壷も窯から出して手にとると壊す気がなくなり手元に置いている。その為、家の中には大きな壷がごろごろ転がっている。
壷を製作している時、不思議な気持になる。子供の頃、隠れ家を作った感覚に似ている。何か秘め事をしているような感覚である。
段々 積み上がって形が出来てくると少し離れて丸みを確かめる。そして触って丸みを確かめる。何度も繰り返し、時々 壷の中に手を突っ込んで丸みを確かめる。
最後の工程で口縁部を付ける時、どんな形にするか わくわくしながらとり付けていく。口縁部の形で壷全体の雰囲気が決まる。
いつも壷を製作する時、壷には不思議な魅力があるとボクは感じる。
中国の故事に「壷中之天」と云う話がある。
中国後漢の費長房(ひちょうぼう)が市場役人をしていたとき、薬売りの老人が夜になると店頭の大きな壷の中に入るのを見た。そこで老人に頼んでその壷の中に入れてもらうと、壷の中は、酒やごちそうのある宮殿で別天地であった言う話である。
ボクは月曜日から金曜日まで薬屋をしている。週末 MAio108の工房で茶碗を作りながら過ごす。
酒もごちそうもないけれどボクにとってこの工房は壷中之天かもしれない。
* 一本挽き→ロクロの上に粘土の塊を一個置き一つの作品を作る方法
**輪積み →ひも状にした粘土を積み上げて作品を作る方法

| HOME |



