陶芸に関する悪戦苦陶の話
大工仕事「2」(第九十四話)


床ができあがった。次は作業台と棚だ。

電動ノコとインパクトドライバーの使い方も慣れてきた。最初は、電動ノコで切りっ放しだった。切断後 直線の修正や角度の修正、面取りをカンナで仕上げた。
カンナは、台(木)の部分とカンナ刃、裏金で出来ている。玄翁(カナヅチ)でカンナ刃の頭(穂頭)をコンコンと叩き、下端面(台の下面)から出ている刃を調整する。

これをする時、ボクは本物の大工さんに間違われるのでないかと心配するほど格好が良い。左手でカンナを握り、下端面を上に向け、カンナ刃の出具合を片目で高さをみる。玄翁で台頭を叩いたり、穂頭(カンナ刃の頭)を叩いたりしながら調整する。

作業台の構造は、今まで通っていたMAio108(立川の工房)の作業台からパクった。高さが660mm 幅800mm 長さ1500mm。
脚は、幅89mm 厚さ38mmの張板を二枚張り会わせ角材にして使った。脚の長さを切るとき最新の注意を払った。一ミリでも狂えばガタガタして作業台として機能しない。

土台の部分は、この張板で全部まかなった。この張板は、長さ3650mmが一本528円と格安だったので使用した。

天板(作業台の面)は、厚さ20mmのベニヤ板を使った。これも二千五百円の格安のものを使った。
作業台は、見事な出来上がりだ。陶芸専門店で同じ大きさのものを購入すると十万円はする。ボクの作った作業台は、材料費だけですみ、全部で五千円かかっていない。

押入れの中に手板を乗せる棚を作った。棚の柱も張りにも張板を使った。棚の製作は、作業台と違い ほとんど目検討で張板を切り、三段の棚を作った。見事な出来栄えとはいえないが、棚の形になった。

MAio108の木工の先生 諸橋さんは、長さを測る時 ミリ単位でいう。一メーターは、1000。十センチは、100となる。目検討で切るなんて、とんでもない話だ。諸橋さんの作品は、釘を一本も使わず組み合わせでつなぐ。ボクの作った棚は、インパクトドライバーを使いビスで留めていく。これで良いのだ。

手板は、12mmのベニヤ板を購入し、幅250mm 長さ600mmを切り裂き、八枚作った。

床と作業台ができあがった。手板 作業椅子 その他 最低必要な道具は、揃った。

工房には、ほとんどお金を使わずに作業する環境を整えた。
来週から作りまでの作陶は、出来る。

次は、窯と窯小屋をつくる。こちらは、全て業者に頼む予定だ。窯は、陶芸の生命線だと、ボクは考えている。


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2007⁄09⁄26(Wed) 04:40   未分類 | Comment(2) | Trackback(0) | ↑Top
大工仕事(第九十三話)


ウイーン ガ ガ ガ ガガガ ド ド ド ドドドド ドッツ。シューン ジャーン ジャジャジャジャ シュン。インパクトドライバーと電動丸ノコの音だ。

昔 家を建てている現場からこんな怖い音は、聞こえなかった。
コン コン コン トン トン トン カン カン カン シャッツ シャッツ シャッツと耳に気持ちが良かった。
大工さんは、手ノコ ゲンノウ(カナヅチ) カンナ ノミを使って仕事をした。
手ノコで真直ぐ切れるようになり、ゲンノウで釘が打ち込むことが出来るまで永い年月がかかった。

今は、インパクトドライバーでビスを打ち込み、電動ノコで真直ぐ切ることができる。

インパクトドライバーはそうでもないが、電動ノコの扱いは、緊張する。音だけでなく一つ間違えれば指の一本や二本 簡単に離れてしまう。
差金(直角に折れ曲がったものさし)で切る位置にしるしをつける。鉛筆は直ぐ使えるように頭に巻いたタオルの間に挟んである。
腰に手拭をぶら下げ、頭にタオルを巻いている。全身に汗が噴出す。

格好だけは、一人前の大工だが へっぴり腰で恐々やっているので作業に時間が掛かる。カミサンは、ボクのことを「まだ大工(ダイク)でなく、大八(ダイハチ)ネ」という。

契約の後、工房の床は、畳をはがしベニヤ板を張ることにした。
床板を補強する為、厚さ38mm 幅89mmの角材を四畳半に七本、六畳に九本入れようと思った。床下から床まで60mmの高さがあり、計算上は補強の角材の上にベニヤを二枚重ねても大丈夫だったが、試しにやってみると床面が高くなりすぎる。
角材を外し厚さ12mmと9mmのベニヤ板を二枚重ねて敷いてみた。強度は充分だ。床と壁の間にところどころ隙間が出来た。冬は、この隙間から風が吹き込みそうだ。この隙間は、作業中に落ちた埃を掃き捨てる穴とプラス思考でいこう。

ベニヤ板は、9mmの方が節目模様、12mmの方は表面がきれいになっている。表面のきれいなベニヤ板を下に敷き、節目模様のベニヤ板を表にした。節目模様のほうが手作り工房にふさわしいと考えた、

長さを合わせて二枚のベニヤ板を敷き、インパクトドライバーを使い、ビスで留めた。

出来上がり、床を身体で揺すってみたが思ったより頑丈に出来た。

ボクが最初に陶芸を習った先生は、自宅兼工房を自分で作っていた。先生は、「全国に陶芸作家は多い。私は、自分で家を作っているので本当の作家だ」と言って笑っていた。

もしかしてボクは、これで本当の作家になれるのかもしれない。


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2007⁄09⁄19(Wed) 06:22   未分類 | Comment(4) | Trackback(0) | ↑Top
工房の契約(第九十二話)


清水の舞台から飛び降りる気分で契約書に判子を押した。
その瞬間にボクの夢が半分実現したのだが、気分は重かった。

築四十年の建物は、玄関に入ると古屋の強い臭いがする。六畳と四畳半の部屋は、古い畳でくすんだ色をして汚い。壁もくすんで汚い。畳の上で身体を揺すると床が揺れる。

不動産の社長は、「畳の上にコンパネを敷けばよい」と陶芸をしたことがないので適当なことをいった。

畳の上にコンパネを乗せて揺れなくなっても、定年まで、後一年半ある。陶芸教室を開く頃、畳が腐るのではないかと心配だ。陶芸は、粘土や水が床に落ちる。コンパネで畳を隠しても間から水が滲み込み、必ず腐るだろう。今でも臭いのに畳が腐ったら、部屋で作業ができないのではなかろうか。
カミサンは、「ダニがわいているのでは」と心配している。

大家が畳をフローリングにすることを許してくれるのだろうか。フローリングする場合、畳の廃棄はどこに依頼するのだろうか。フローリングの張替えにどのくらい予算がかかるのだろうか。

床だけで、心配の種がどんどん増えてくる。

次に作業台をどうしょうか。六畳の部屋に大きいのを一つ。四畳半の部屋に小さいのを一つ置く予定だが予算が無いのでこれも自分で作らなくてはならない。

悩みを友人に話した。「いいじゃない、自分の夢が実現したのだから」という。夢は半分実現しているが最初から挫折しそうな難問が山積み状態だ。

陶芸を始めて、若い芸術家と話す機会が増えた。陶芸家、画家、鉄工、木工、ガラスの芸術家を目指す若者が異口同音に将来アトリエを持ちたいという。

現在は、どこかに所属したり共同で工房を借りていたりするが皆 自分の工房で、思うがまま作業できる環境が欲しいようだ。

陶芸をしている人は、サークル活動を楽しむ人と陶芸家を目指している人に分かれる。サークル活動を楽しむ人達は、陶芸教室で満足できる。陶芸家や陶工を目指している人は、自分の工房を持ちたがる。

陶芸工房は、もう一つ窯場の問題がある。置き場所の問題、煙などの環境問題の他に価格がすごく高いのだ。

夢を実現した若い芸術家を何人か知っている。夫婦で芸術家の場合が多い。アトリエを持つ夢は実現したが、夫婦関係が破局したケースも見てきた。環境問題だけでなく、維持する為の経済問題が大きくのしかかってきたものと思われる。

ボクの向かっている先は、非常に棘の道なのだ。判子を押したときから棘の道がどんどん大きくなってきた。

工房の契約を許してくれたカミサンも未だに渋い顔をしている。夢ばかり見て、経済に弱いボクを心配しているようだ。






2007⁄09⁄11(Tue) 23:25   未分類 | Comment(4) | Trackback(0) | ↑Top
夫のロマンは、妻の不満(第九十一話)


ボクは、カミサンに「家の近くに工房をつくる」と宣言した。
カミサンは、「そう良かったね」と笑った。
ボクは、ホッとして「実は、見つかったんだ」と言った。
カミサンは「見つかったって、まだ先の話でしょう」と怖い顔になった。

立川の工房に通い始めて、三年になる。土、日、祝日 会社の休日には、ほとんどMAio108の工房で過ごした。
MAio108の工房は、広さが十坪ほどあり、ボクが使う前は、四人でつかっていた。ボクは、一年くらいこの工房をひとりで使った。工房は、ひとりで広すぎた。

四人で使っていた頃は、陶芸以外で使うことがなかった。ボクひとりになるとMAio108のミーティングルーム兼食堂になった。MAio108の社員は一年前頃から昼ごはんを自炊するようになった。
工房は台所になり、流し場は、使った茶碗や鍋が山のようにつまれるようになった。
間借りしているボクは、工房に行くと後片付けから始めた。作業台の片付け、床の掃除、茶碗洗いと、まるで家政婦だ。

作陶に入るまでの気持ちの切り替え時間として、後片付けの仕事も楽しかった。

家から立川まで通う時間が片道四十分、後片付け仕事が三十分。週末陶芸家としては、約一時間の余分な時間がもったいないと感じ始めた。

定年後 陶芸教室で陶芸を教えるのがボクの夢だ。
定年までの残り一年半を考え、家の近くに自分の工房を構えたいと思った。

知り合いの不動産会社の社長に相談すると、ちょうど良い物件があると案内された。
築四十年の一軒家だった。少し前までおばあちゃんが一人で暮らしていた家だそうだ。六畳と四畳半に台所とトイレがある民家だった。
建坪が十坪あり、広さは充分だ。庭に窯が置けるスペースがある。押入れが広い。駐車場も二、三台入るスペースがある。
駅からも自宅からも五分の距離で、理想的な物件だと思った。

我家のお金は、全てカミサンが管理している。カミサンにどのように話したら了解してもらえるか悩んだ。

車の運転中にラジオで自転車を手作りしている人の話を聞いた。
貿易会社の経営を止め、自転車作りを始めた。カスタムメードで一台一台自転車を作っている。ほとんど採算を度外視した仕事でお客さんの喜ぶ顔に励まされて続けている。

会社が順調に行っていた時、自転車作りに転職した。奥さんから猛烈に反対された。軌道に乗った今でも反対らしい。

その人は言った。「夫のロマンは、妻の不満です」

ボクは、思わず「そうだ」と叫んだ。






2007⁄09⁄05(Wed) 00:17   未分類 | Comment(7) | Trackback(0) | ↑Top

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プロフィール

Author:どうしょう花
サラリーマン生活が残り一年になりました。
宮崎での単身赴任時代に始めた陶芸が十年になります。
昨年 年末に窯を持ちプロとしての環境が整いました。
サラリーマン生活を悔いのないように全力でラストランしたいと思います。
週末は、陶工への道にむかい励みます。
還暦前の老人が悪戦苦闘している日々を「どうしょう花」がエッセイにして毎週水曜日に掲載致します



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