工房の周りが華やいできた。賑やかなのだ。小鳥のさえずり、小さな庭から芽吹いた草木が呼吸を始めた。
ボクは、四十半ばまで九州で仕事をした。小さな庭付きの貸家にいた。
その頃 同じように春が来たはずなのに全く庭に春が来たなど感じたことがなかった。
ボクの目は、仕事以外の物が見えていなかった。
東京に転勤してからは、マンション暮らしになり、ますます春の息吹など疎遠になった。
五十になり宮崎に単身赴任して陶芸に出会った。土に親しむだけでなく自然の中に暮らしている人たちと交流できた。季節の移り変わりが見え始めた。
昨年の九月から借りた工房に小さな庭がある。前に住んでいたおばあちゃんが植えた花や植木が芽吹いてきた。バラ 椿 沈丁花が狭い庭に植えられている。ボクの知らない植物の葉っぱがグングン伸びる。
玄関の横にある花壇に水仙が蕾を付けてきた。
三月の中旬 日曜日の午前二時半 二回目の本窯に点火した。十二月の中旬に焚いた初窯に比べて寒くない。
炎が安定した午前八時に近くを散歩した。小さな公園の木の葉が芽吹いている。小鳥も元気に囀っている。工房をお世話してくれた不動産会社の社長が家庭菜園で作業をしていた。畑からノラボウ(アブラナ科)の芽を摘んで無農薬だからと手渡してくれた。
前回より二時間早く1100度に達した。1250度まで三時間半をかけて焚いた。取扱説明書にある見本のグラフどおりに昇温できた。
戴いたノラボウを塩湯でしてマヨネーズをかけて食べた。甘く春の香りがした。
窯を焚いた日 明日にでも咲きそうな水仙の蕾がいくつかあった。
次の日 工房に行くと大きくなっていた水仙の蕾がないではないか。アレと思った。上から覗くと二本茎の根っこからきれいに切り取られている。誰かに盗られたらしい。
多分 ここに住んでいたおばあちゃんの知り合いで、居なくなったのを知っていて代わりに切り取ったにちがいないと思った。
でも今は、ボクが借りているのだからボクのものだ。それにボクは水仙の咲いたところを楽しみにしているのだ。
その夜 ボクは、対策を練った。そうだ 春を感じる俳句を水仙の傍に書いておこう。
この借家はボクの借りる前 ポッタン便所だった。ポッタン便所では、借りる人がいないだろうと大家さんが水洗便所に改装した。
ボクは、「春は、花
花は、水仙
トイレも水洗
(お願い)このままでお楽しみ下さい」
と立て看板しようと思った。
ポッタン便所から水洗に改装した事を知らない人は、何のことかわからない。
「水仙の
香りに誘われ
春を撮る
(お願い)このままでお楽しみ下さい」
「とるのなら写真に撮るだけにしてね」と願いを込めて詠んだ。
これなら採った人を傷つけないだろう。気を使う春である。

ボクは、四十半ばまで九州で仕事をした。小さな庭付きの貸家にいた。
その頃 同じように春が来たはずなのに全く庭に春が来たなど感じたことがなかった。
ボクの目は、仕事以外の物が見えていなかった。
東京に転勤してからは、マンション暮らしになり、ますます春の息吹など疎遠になった。
五十になり宮崎に単身赴任して陶芸に出会った。土に親しむだけでなく自然の中に暮らしている人たちと交流できた。季節の移り変わりが見え始めた。
昨年の九月から借りた工房に小さな庭がある。前に住んでいたおばあちゃんが植えた花や植木が芽吹いてきた。バラ 椿 沈丁花が狭い庭に植えられている。ボクの知らない植物の葉っぱがグングン伸びる。
玄関の横にある花壇に水仙が蕾を付けてきた。
三月の中旬 日曜日の午前二時半 二回目の本窯に点火した。十二月の中旬に焚いた初窯に比べて寒くない。
炎が安定した午前八時に近くを散歩した。小さな公園の木の葉が芽吹いている。小鳥も元気に囀っている。工房をお世話してくれた不動産会社の社長が家庭菜園で作業をしていた。畑からノラボウ(アブラナ科)の芽を摘んで無農薬だからと手渡してくれた。
前回より二時間早く1100度に達した。1250度まで三時間半をかけて焚いた。取扱説明書にある見本のグラフどおりに昇温できた。
戴いたノラボウを塩湯でしてマヨネーズをかけて食べた。甘く春の香りがした。
窯を焚いた日 明日にでも咲きそうな水仙の蕾がいくつかあった。
次の日 工房に行くと大きくなっていた水仙の蕾がないではないか。アレと思った。上から覗くと二本茎の根っこからきれいに切り取られている。誰かに盗られたらしい。
多分 ここに住んでいたおばあちゃんの知り合いで、居なくなったのを知っていて代わりに切り取ったにちがいないと思った。
でも今は、ボクが借りているのだからボクのものだ。それにボクは水仙の咲いたところを楽しみにしているのだ。
その夜 ボクは、対策を練った。そうだ 春を感じる俳句を水仙の傍に書いておこう。
この借家はボクの借りる前 ポッタン便所だった。ポッタン便所では、借りる人がいないだろうと大家さんが水洗便所に改装した。
ボクは、「春は、花
花は、水仙
トイレも水洗
(お願い)このままでお楽しみ下さい」
と立て看板しようと思った。
ポッタン便所から水洗に改装した事を知らない人は、何のことかわからない。
「水仙の
香りに誘われ
春を撮る
(お願い)このままでお楽しみ下さい」
「とるのなら写真に撮るだけにしてね」と願いを込めて詠んだ。
これなら採った人を傷つけないだろう。気を使う春である。

ボクは、ギリシアで珍しい人に出会った。現地ガイドのKIKUKOさんである。
KIKUKOさんは、小柄な体を少し猫背であごをだして蟹股で歩く。肩まで垂れた髪の毛は、赤く染められている。鼻がべったっと大きい。口も唇が厚く大きい。目にアイシャドーをしているので大きく見える。
声は、湿った感じで重く、まったりと話す。ギリシアに永く住んでいるというが縄文人そのものなのだ。特にギリシア神話を話す時、懐かしいそうな表情で臨場感豊かに語る。
ボクは、KIKUKOさんの話を聞きながらKIKUKOさんは、縄文時代から騒乱の始まった弥生時代に変わる頃、争いが嫌になり日本から脱出した縄文人ではないかと想像した。
KIKUKOさんは、真面目な顔で自分の歳を2000歳より前と微妙な表現で自己紹介したので多分ボクの推測は、外れていない。
紀元前300年頃、ギリシアにたどり着いた。そこで最高神ゼウスやその妻のヘラ、その子供のアポロンたちが繰り広げたギリシアの騒動を伝え聞いたのではないかと思うのだ。
KIKUKOさんの話の中でゼウスが多くの女神や人間の女性と交わる場面の話には、迫力があった。ある時は、白い馬に化け、雨に化け、場合によっては、黄金の雨に化けることができたらしい。そして女性に迫り関係を持って多くの神を造ったそうだ。ゼウスは、妻のヘラの目を盗んでレト、ディオネ、マイア、セメレ、ムネモシュネ、イオ、カリスト、ダナエ、エウロベ、レダ、アルクメネ、カリオスと関係したらしい。
バスの中で同僚達は、疲れて寝ていたがこの話の時には、全員耳を大きくして聞いていたようだ。
ボクの前の席にいた自称絶倫男の同僚が呟いた「ボクもゼウスになりたい」。
権力闘争、家督騒動は、ギリシアで始まっているのだ。紀元前2000年頃からと言うから日本では、縄文時代で一万二千年も続いた。大きな争いもなく平和に暮らしていたとボクは、想像している。
現在 地球のどこかで繰り広げられている戦争や権力闘争は、神様の時代から始まっている。無くすのは、無理なのかもしれない。
国立考古学博物館に展示したあった紀元前600−750年の高さ2mの大壷は、ゼウスの化身でないかと感じた。この時代にロクロで製作した大壷なのだ。現在でも2mの大壷をロクロで挽くのは難しい。日本の紀元前600年―750年は、縄文時代でロクロなどなかった。
ボクは、白い馬になって女性を口説きたいと思わないがゼウスにあやかり壷に化けて日本伝統工芸展に入選できる方法がないか真剣に考えてみた。
KIKUKOさんは、小柄な体を少し猫背であごをだして蟹股で歩く。肩まで垂れた髪の毛は、赤く染められている。鼻がべったっと大きい。口も唇が厚く大きい。目にアイシャドーをしているので大きく見える。
声は、湿った感じで重く、まったりと話す。ギリシアに永く住んでいるというが縄文人そのものなのだ。特にギリシア神話を話す時、懐かしいそうな表情で臨場感豊かに語る。
ボクは、KIKUKOさんの話を聞きながらKIKUKOさんは、縄文時代から騒乱の始まった弥生時代に変わる頃、争いが嫌になり日本から脱出した縄文人ではないかと想像した。
KIKUKOさんは、真面目な顔で自分の歳を2000歳より前と微妙な表現で自己紹介したので多分ボクの推測は、外れていない。
紀元前300年頃、ギリシアにたどり着いた。そこで最高神ゼウスやその妻のヘラ、その子供のアポロンたちが繰り広げたギリシアの騒動を伝え聞いたのではないかと思うのだ。
KIKUKOさんの話の中でゼウスが多くの女神や人間の女性と交わる場面の話には、迫力があった。ある時は、白い馬に化け、雨に化け、場合によっては、黄金の雨に化けることができたらしい。そして女性に迫り関係を持って多くの神を造ったそうだ。ゼウスは、妻のヘラの目を盗んでレト、ディオネ、マイア、セメレ、ムネモシュネ、イオ、カリスト、ダナエ、エウロベ、レダ、アルクメネ、カリオスと関係したらしい。
バスの中で同僚達は、疲れて寝ていたがこの話の時には、全員耳を大きくして聞いていたようだ。
ボクの前の席にいた自称絶倫男の同僚が呟いた「ボクもゼウスになりたい」。
権力闘争、家督騒動は、ギリシアで始まっているのだ。紀元前2000年頃からと言うから日本では、縄文時代で一万二千年も続いた。大きな争いもなく平和に暮らしていたとボクは、想像している。
現在 地球のどこかで繰り広げられている戦争や権力闘争は、神様の時代から始まっている。無くすのは、無理なのかもしれない。
国立考古学博物館に展示したあった紀元前600−750年の高さ2mの大壷は、ゼウスの化身でないかと感じた。この時代にロクロで製作した大壷なのだ。現在でも2mの大壷をロクロで挽くのは難しい。日本の紀元前600年―750年は、縄文時代でロクロなどなかった。
ボクは、白い馬になって女性を口説きたいと思わないがゼウスにあやかり壷に化けて日本伝統工芸展に入選できる方法がないか真剣に考えてみた。
地下鉄のオモニア駅に着いた。着いたのは良いが出口が分からない。英語がダメ。ギリシア語など全く分からない。
人のよさそうなおじさんを見つけガイドブックを示し、国立考古学博物館を教えてもらった。ギリシア語の話せない外国人と分かると親切に出口まで案内してくれた。国立考古学博物館に通じるパティシオ通りまで一緒に歩いてくれ「これを真直ぐ行け」と教えてくれた。
ボクは、「ありがとうございました」と頭を下げた。
10分ほど歩くと国立考古学博物館に着く。
大きな広場がありその向こうにある大きな建物が国立考古学博物館だった。広場から階段を上ると入り口付近で10人くらいの人がこちらを見ていた。様子が変なのだ。入口が閉められている。通常8時からとなっていたが土曜日の入場は、もっと遅いのかと思った。
入口に博物館員がいてストで本日休館だと説明した。
ボクは、「日本からわざわざここに来たのだ」と意思表示した。館員は、平然とした顔で「明日の朝 8時には、入場できる」という。ボクは、「明日は、別のスケジュールがあるので開けてくれ」と意思表示したが全く通じない。
公務員がストだと「なんという国だギリシアは」と腹がたった。
博物館の階段に腰掛けて周りの風景を眺めていると「そうだ 明日も観光ツアーから離脱できる理由ができた」と嬉しくなった。
元気を出して次に予定していたアテネ市博物館に徒歩で向かった。博物館にしては、民家のような建物だった。そしてここも門が閉鎖されている。
隙間から中を覗くが人がいないのだ。若い女性の警察官が前を通ったのでボクは、訊いた。「ここはなぜ開いてないのですか」。ギリシア美人の警察官は、張り紙を見て気の毒そうに「現在 改築中でこの前後1ヶ月閉鎖している」と教えてくれた。
続いて国立歴史博物館に入った。ここには、近代ギリシアの資料を展示していてボクの求めている古代の壷はなかった。
一体 どこまで行ったらロクロで挽いた古代の壷に出会えるのだ。
観光バスの中で現地のガイドKIKUKOさんから詳しい資料は、国立図書館にあると言うのを思い出し訪ねた。
国立図書館の中に入るとロクロについて何か解りそうな気がした。しかし 良く考えてみると国立といってもギリシアの話 ギリシア語の書物がほとんどだ。英語の資料は、あっても日本語の資料は無いのに気が付いた。
図書館の椅子に腰掛け目を瞑って古代ギリシアでロクロの廻っている光景を想像したが何も出てこなかった。


人のよさそうなおじさんを見つけガイドブックを示し、国立考古学博物館を教えてもらった。ギリシア語の話せない外国人と分かると親切に出口まで案内してくれた。国立考古学博物館に通じるパティシオ通りまで一緒に歩いてくれ「これを真直ぐ行け」と教えてくれた。
ボクは、「ありがとうございました」と頭を下げた。
10分ほど歩くと国立考古学博物館に着く。
大きな広場がありその向こうにある大きな建物が国立考古学博物館だった。広場から階段を上ると入り口付近で10人くらいの人がこちらを見ていた。様子が変なのだ。入口が閉められている。通常8時からとなっていたが土曜日の入場は、もっと遅いのかと思った。
入口に博物館員がいてストで本日休館だと説明した。
ボクは、「日本からわざわざここに来たのだ」と意思表示した。館員は、平然とした顔で「明日の朝 8時には、入場できる」という。ボクは、「明日は、別のスケジュールがあるので開けてくれ」と意思表示したが全く通じない。
公務員がストだと「なんという国だギリシアは」と腹がたった。
博物館の階段に腰掛けて周りの風景を眺めていると「そうだ 明日も観光ツアーから離脱できる理由ができた」と嬉しくなった。
元気を出して次に予定していたアテネ市博物館に徒歩で向かった。博物館にしては、民家のような建物だった。そしてここも門が閉鎖されている。
隙間から中を覗くが人がいないのだ。若い女性の警察官が前を通ったのでボクは、訊いた。「ここはなぜ開いてないのですか」。ギリシア美人の警察官は、張り紙を見て気の毒そうに「現在 改築中でこの前後1ヶ月閉鎖している」と教えてくれた。
続いて国立歴史博物館に入った。ここには、近代ギリシアの資料を展示していてボクの求めている古代の壷はなかった。
一体 どこまで行ったらロクロで挽いた古代の壷に出会えるのだ。
観光バスの中で現地のガイドKIKUKOさんから詳しい資料は、国立図書館にあると言うのを思い出し訪ねた。
国立図書館の中に入るとロクロについて何か解りそうな気がした。しかし 良く考えてみると国立といってもギリシアの話 ギリシア語の書物がほとんどだ。英語の資料は、あっても日本語の資料は無いのに気が付いた。
図書館の椅子に腰掛け目を瞑って古代ギリシアでロクロの廻っている光景を想像したが何も出てこなかった。


世界遺産のデルフィとメテオラを二日間で周りアテネに向かった。
ホテルの中も途中のドライブインも日本人の観光客だけだった。
アテネが近づいたドライブインで中国からの観光客が加わった。
中国の人たちは、声がでかい。ギリシアに来たはずなのに中国に来たのかと思うほどだ。
ボクは、「こりゃーいかん」と思った。ボクは、ロクロの起源を調べにギリシアにきたのだ。世界遺産を見学に着たのではないのだ。まして 日本人を観に こんな遠くまで来たわけでないのだ。
現地でガイドをしてくれたギリシア在住の日本人KIKUKOさんにロクロについて訊いた。KIKUKOさんは、国立考古学博物館に古代の壷が多く展示されている。国立図書館では、詳しい資料が保管されている。と教えてくれた。
次の朝 観光バスでツアーに出かける同僚をホテルの前で見送った。
ボクは、ガイドブックを片手に地下鉄に乗り込んだ。
アテネ市内の移動は、地下鉄とトロリーバス(レールのないチンチン電車のようなバス)、ブルーバス(普通のバス)、タクシーが主な手段だ。
乗り方は、24時間切符(24Hours Ticket)を購入すれば どれにもフリーパスで乗れる。最初に乗る時、検札機に入れると時間が表示される。後は、どこもフリーパスなのだ。値段も3ユーロ(480円くらい)と安い。ほとんどチェックがないので、もしかしたらお金を払っている人はいないのかもしれない。ばれたら罰金32ユーロ(5000円くらい)と書いてあった。
アテネの地下鉄は、三路線ある。緑 赤 青で色分けされて解りやすい。
ボクは、切符売り場で人差し指を立てて「一日切符」と日本語でいった。
中から24Hours Ticketと書かれた切符が出て来た。
ボクは、その切符をもってしばらく改札口のところで乗降客の様子を観察した。
最初だけ検札機に切符を通して中に入るのを確認して改札口を通り抜けた。
シンタグマ駅から二つ先のオモニア駅まで行く。電車は、ライン2の赤い電車だ。行き先がアギオス・アントニオスとアギオス・デイミトリオスとなっていて紛らわしい。ギリシア語でアギオス・アントニオスと書いた方向の電車に乗り込んだ。
朝の通勤時間で電車の中は、ギリシア人でいっぱいだ。ボクは、やっと ギリシアに来たと大きく深呼吸をした。
ホテルへの帰りは、トロリーバスに乗った。ガイドブックに書いていたように人差し指を立て、手を前方に出して乗る合図をしてバスに乗り込んだ。フリーパス(24Hours Ticket)を持っているので乗り方は、簡単だった。国会議事堂の前にあるホテルが見えてきたので降りようと思ったが降り方がわからない。ボクは、あせった。
そのままホテルの前を通り過ぎるでないか。ボクは、「降ろしてくれと」と言いたかったが言葉がでない。「ア・ア・ア・・・」と思っていたら次の停留場で止まり扉が開いた。
ボクは、飛び降りた。

ホテルの中も途中のドライブインも日本人の観光客だけだった。
アテネが近づいたドライブインで中国からの観光客が加わった。
中国の人たちは、声がでかい。ギリシアに来たはずなのに中国に来たのかと思うほどだ。
ボクは、「こりゃーいかん」と思った。ボクは、ロクロの起源を調べにギリシアにきたのだ。世界遺産を見学に着たのではないのだ。まして 日本人を観に こんな遠くまで来たわけでないのだ。
現地でガイドをしてくれたギリシア在住の日本人KIKUKOさんにロクロについて訊いた。KIKUKOさんは、国立考古学博物館に古代の壷が多く展示されている。国立図書館では、詳しい資料が保管されている。と教えてくれた。
次の朝 観光バスでツアーに出かける同僚をホテルの前で見送った。
ボクは、ガイドブックを片手に地下鉄に乗り込んだ。
アテネ市内の移動は、地下鉄とトロリーバス(レールのないチンチン電車のようなバス)、ブルーバス(普通のバス)、タクシーが主な手段だ。
乗り方は、24時間切符(24Hours Ticket)を購入すれば どれにもフリーパスで乗れる。最初に乗る時、検札機に入れると時間が表示される。後は、どこもフリーパスなのだ。値段も3ユーロ(480円くらい)と安い。ほとんどチェックがないので、もしかしたらお金を払っている人はいないのかもしれない。ばれたら罰金32ユーロ(5000円くらい)と書いてあった。
アテネの地下鉄は、三路線ある。緑 赤 青で色分けされて解りやすい。
ボクは、切符売り場で人差し指を立てて「一日切符」と日本語でいった。
中から24Hours Ticketと書かれた切符が出て来た。
ボクは、その切符をもってしばらく改札口のところで乗降客の様子を観察した。
最初だけ検札機に切符を通して中に入るのを確認して改札口を通り抜けた。
シンタグマ駅から二つ先のオモニア駅まで行く。電車は、ライン2の赤い電車だ。行き先がアギオス・アントニオスとアギオス・デイミトリオスとなっていて紛らわしい。ギリシア語でアギオス・アントニオスと書いた方向の電車に乗り込んだ。
朝の通勤時間で電車の中は、ギリシア人でいっぱいだ。ボクは、やっと ギリシアに来たと大きく深呼吸をした。
ホテルへの帰りは、トロリーバスに乗った。ガイドブックに書いていたように人差し指を立て、手を前方に出して乗る合図をしてバスに乗り込んだ。フリーパス(24Hours Ticket)を持っているので乗り方は、簡単だった。国会議事堂の前にあるホテルが見えてきたので降りようと思ったが降り方がわからない。ボクは、あせった。
そのままホテルの前を通り過ぎるでないか。ボクは、「降ろしてくれと」と言いたかったが言葉がでない。「ア・ア・ア・・・」と思っていたら次の停留場で止まり扉が開いた。
ボクは、飛び降りた。

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