光陰矢の如し! 1964(昭和39年)大野北部中学卒業生は、平成20年度中には間違いなく皆様還暦を迎えます。気分はまだまだ二十才代!そんな方もたくさん居られることと心よりお慶び申し上げます。
名文で始まる同級会の案内が今年の三月に届いた。ボクは、早速 出席で申し込んだ。
六月最初の土曜日 大分県の温泉 湯布院にある「ゆふいん山水館」に行った。
ヒサユキくん ケサちゃん ヨシロウくんと子供の頃の名前で呼び合う同級生が十六人集まっていた。同級会は、午後六時三十分に開始だったが四時には、全員集まった。
ボクの卒業した中学校は僻地の為 小学校から中学校まで九年間一クラスで一緒に過ごした級友なのだ。
9年間 男の子も女の子も兄弟のように良く過ごした。
今まで五十歳 五十五歳などの節目には、クラス会が開催された。
仲が良いが良きライバルでもある。前回までのクラス会は、お互いに「今 何をしちょるんな」とお互いに仕事や肩書きを気にした。
会社の社長や役員 銀行の支店長 大工の棟梁と皆 其々の仕事を頑張っていた。土方の石垣積みの職人になったシンちゃんの二の腕は、ボクの太ももより大きな腕をしていた。日焼けした首にタオルを巻き焼酎をあおる姿は、人生を力強くいきた日本の男の姿があった。
還暦を迎えた友人達は、競争心が薄れ、仲の良い友人になったような気がする。
二次会は、スナックでカラオケ大会になった。ボクは、口火を切って谷村新司の「群青」を唄った。ボクは、この三十年間 谷村新司を歌い続け、少しばかり自信をもっているのだ。髪型だけなら谷村新司を追い越している。皆から「上手くなったね」と褒められると思ったら「ミッちゃんは、子供の頃から音痴じゃったけど 今も同じじゃなー」と言う。級友達は、後が唄いやすくなったと喜ぶではないか。
皆 競争でのど自慢を披露した。気が付くと みんな競争をしているのだ。
還暦の同級会には、孫自慢と病気自慢が付き物だと言われている。
今回 携帯に入れた孫の写真を何人もから見せられた。
高血圧 高脂血漿 痛風 肩が痛い 腰が悪いと病気自慢話が始まった。
ここでは、あまり勝ちたくない競争だ。
ボクも毎日高血圧の薬を飲んでいる。
六種類の薬を飲んでいる友人がいて詳細に自分の病状と薬の話をした。
彼の話を聞くと全員 悔しそうな安心したような顔になった。
まだまだ負けられないライバルである。

名文で始まる同級会の案内が今年の三月に届いた。ボクは、早速 出席で申し込んだ。
六月最初の土曜日 大分県の温泉 湯布院にある「ゆふいん山水館」に行った。
ヒサユキくん ケサちゃん ヨシロウくんと子供の頃の名前で呼び合う同級生が十六人集まっていた。同級会は、午後六時三十分に開始だったが四時には、全員集まった。
ボクの卒業した中学校は僻地の為 小学校から中学校まで九年間一クラスで一緒に過ごした級友なのだ。
9年間 男の子も女の子も兄弟のように良く過ごした。
今まで五十歳 五十五歳などの節目には、クラス会が開催された。
仲が良いが良きライバルでもある。前回までのクラス会は、お互いに「今 何をしちょるんな」とお互いに仕事や肩書きを気にした。
会社の社長や役員 銀行の支店長 大工の棟梁と皆 其々の仕事を頑張っていた。土方の石垣積みの職人になったシンちゃんの二の腕は、ボクの太ももより大きな腕をしていた。日焼けした首にタオルを巻き焼酎をあおる姿は、人生を力強くいきた日本の男の姿があった。
還暦を迎えた友人達は、競争心が薄れ、仲の良い友人になったような気がする。
二次会は、スナックでカラオケ大会になった。ボクは、口火を切って谷村新司の「群青」を唄った。ボクは、この三十年間 谷村新司を歌い続け、少しばかり自信をもっているのだ。髪型だけなら谷村新司を追い越している。皆から「上手くなったね」と褒められると思ったら「ミッちゃんは、子供の頃から音痴じゃったけど 今も同じじゃなー」と言う。級友達は、後が唄いやすくなったと喜ぶではないか。
皆 競争でのど自慢を披露した。気が付くと みんな競争をしているのだ。
還暦の同級会には、孫自慢と病気自慢が付き物だと言われている。
今回 携帯に入れた孫の写真を何人もから見せられた。
高血圧 高脂血漿 痛風 肩が痛い 腰が悪いと病気自慢話が始まった。
ここでは、あまり勝ちたくない競争だ。
ボクも毎日高血圧の薬を飲んでいる。
六種類の薬を飲んでいる友人がいて詳細に自分の病状と薬の話をした。
彼の話を聞くと全員 悔しそうな安心したような顔になった。
まだまだ負けられないライバルである。

工房の小さな庭を菜園に改築した時、庭にあった紫陽花や薔薇の剪定(せんてい)をした。
チョキ チョキと剪定バサミで枝を切りそろえると気持ちが良いのだ。三坪ほどに植わった庭木は、あまりにも少なく物足りなかった。
大分の実家にも庭がある。山深い田舎の為、どこからが山で どこからが庭か どこからが畑か分からない。柘植(つげ)や柊(ひいらぎ)、ねむの木など普通の庭木が植わっている。山と庭の境にツツジとサツキが植えられている。
父が亡くなり七年が経ち 実家に手入れする人が誰もいないため、枝は、伸びほうだいになっていた。
今回帰省した時、実家に着くや剪定バサミで作業を始めた。工房で味わったチョキ チョキの気持ち良さを思いだしたのだ。
まず柘植を剪定した。柘植は、五段に区切られ枝が普通だが実家の柘植は、段が消えていた。五段にするには、枝が少なく三段で剪定した。
次に駐車場の入口にある高さが二メーターほどあるヒイラギを剪定した。脚立の上で剪定していると三メーター程先の道路にホオジロが羽を広げてチチチと歩いている。先ほどから鶯などの小鳥の声に混じってホオジロの鳴き声が聞こえていた。
中の方の大きな枝を切ると枝から小鳥の巣が出て来た。中に卵が三個あるではないか。さっき 羽を広げて異常な動きをしていたのが親鳥だった。「しまった」とボクはあせた。そして元に戻した。
山と庭の境に植えられたつつじとサツキが伸び放題になっている。これも思い切り短く刈り込んだ。サツキは、花が満開だった。近所のオジサンから花が終わって剪定しなければと言われた。三日後には、東京に戻らなければならず 仕方がなかったのだ。
全部の作業を二日間かけて完了した。
一年ぶりに床屋さんに行ったようなさっぱりした景色になった。
もしかしてボクは、陶芸家より庭師の方が向いているのではないかと思うほどの出来栄えだ。
しかし 全体を見渡していると何か物足りないと感じ始めた。中心になるポイントがないのだ。
良い庭園には、大きな石が置かれていたり、石灯篭が置かれたりして中心になるものがある。
庭に中ほどに枯れた紅葉の木立があり、母が根っこから切り倒してくれと言う。
ボクは、これをポイントにしようと考えた。地面から1m位の高さで切り倒した。残った幹の皮を剥がして鋸で模様を入れた。
白い幹と周りの緑が溶け合い、良い景色になった。


チョキ チョキと剪定バサミで枝を切りそろえると気持ちが良いのだ。三坪ほどに植わった庭木は、あまりにも少なく物足りなかった。
大分の実家にも庭がある。山深い田舎の為、どこからが山で どこからが庭か どこからが畑か分からない。柘植(つげ)や柊(ひいらぎ)、ねむの木など普通の庭木が植わっている。山と庭の境にツツジとサツキが植えられている。
父が亡くなり七年が経ち 実家に手入れする人が誰もいないため、枝は、伸びほうだいになっていた。
今回帰省した時、実家に着くや剪定バサミで作業を始めた。工房で味わったチョキ チョキの気持ち良さを思いだしたのだ。
まず柘植を剪定した。柘植は、五段に区切られ枝が普通だが実家の柘植は、段が消えていた。五段にするには、枝が少なく三段で剪定した。
次に駐車場の入口にある高さが二メーターほどあるヒイラギを剪定した。脚立の上で剪定していると三メーター程先の道路にホオジロが羽を広げてチチチと歩いている。先ほどから鶯などの小鳥の声に混じってホオジロの鳴き声が聞こえていた。
中の方の大きな枝を切ると枝から小鳥の巣が出て来た。中に卵が三個あるではないか。さっき 羽を広げて異常な動きをしていたのが親鳥だった。「しまった」とボクはあせた。そして元に戻した。
山と庭の境に植えられたつつじとサツキが伸び放題になっている。これも思い切り短く刈り込んだ。サツキは、花が満開だった。近所のオジサンから花が終わって剪定しなければと言われた。三日後には、東京に戻らなければならず 仕方がなかったのだ。
全部の作業を二日間かけて完了した。
一年ぶりに床屋さんに行ったようなさっぱりした景色になった。
もしかしてボクは、陶芸家より庭師の方が向いているのではないかと思うほどの出来栄えだ。
しかし 全体を見渡していると何か物足りないと感じ始めた。中心になるポイントがないのだ。
良い庭園には、大きな石が置かれていたり、石灯篭が置かれたりして中心になるものがある。
庭に中ほどに枯れた紅葉の木立があり、母が根っこから切り倒してくれと言う。
ボクは、これをポイントにしようと考えた。地面から1m位の高さで切り倒した。残った幹の皮を剥がして鋸で模様を入れた。
白い幹と周りの緑が溶け合い、良い景色になった。


五月の下旬に大分へ帰省した。
ボクの故郷は、大分県豊後大野市にある。豊後大野市は、大分県の南部にある市である。2005年3月31日に大野郡5町2村(三重町 清川村 緒方町 朝地町 大野町 千歳村 犬飼町)が合併して発足した。
隣接する市に竹田市がある。竹田市には、岡城という古城があることで有名だ。
名曲「荒城の月」は、土井晩翠作詞 滝廉太郎作曲だ。滝廉太郎は、子供の頃岡城で遊んだ。荒城のイメージは、岡城だと言われている。
ボクは、竹田市に行く機会があり岡城に立ち寄った。高校を卒業した頃 友人と一度訪れたことがある。その頃の岡城は、自由に出入りできた。石垣の上から張り出した松の景色は、荒城 そのものだった。
四十年前と違い大きな駐車場が完備してあり、入場料が必要になっていた。
切符売り場に綺麗なお嬢さんとおじさんが座っていた。お嬢さんの方で切符を買った。
お嬢さんは、「岡城に来るのは初めてですか」とボクに訊いた。
ボクは「百年位前に一度来ました」と答えた。
綺麗なお嬢さんは、プイと横を向き切符をボクの前に差し出した。
ボクが からかったと思ったようだ。ボクは、からかったつもりでなく、昔の意味で百年と言ったのだ。四十年も百年も大して変わらないではないか。
横に座っていたおじさんは、笑っていた。
岡城は、文治元年(1185年)大野郡緒方荘の武将緒方三郎惟栄が築城したと伝えられている。江戸時代 岡藩を統治した中川氏によって三百年あまり藩の執務が行われた場所である。
ボクは、大手門跡から入り西の丸御殿跡 三の丸跡 本丸跡を見学した。四十年前は、草が伸び放題になり、全く整備されていなかった。
本丸跡のベンチに座り「荒城の月」を口ずさんでみた。
春高楼の花の宴
巡る盃影さして
千代の松が枝 分けいでし
昔の光今いずこ
石垣の松から気持ちの良い風が伝わってきた。
最初に築城して800年、明治4年に取り壊されて130年の時が経っている。
ボクの40年もあっと言う間だったがこのお城から見ると800年もあっと言う間に過ぎたに違いない。
成人して四十年間 ボクにも花の宴があった。巡る盃も経験した。光は、少なかったような気がする
「今からだよ どうしょう花さん」千代の松がボクに微笑んだ。
ボクの故郷は、大分県豊後大野市にある。豊後大野市は、大分県の南部にある市である。2005年3月31日に大野郡5町2村(三重町 清川村 緒方町 朝地町 大野町 千歳村 犬飼町)が合併して発足した。
隣接する市に竹田市がある。竹田市には、岡城という古城があることで有名だ。
名曲「荒城の月」は、土井晩翠作詞 滝廉太郎作曲だ。滝廉太郎は、子供の頃岡城で遊んだ。荒城のイメージは、岡城だと言われている。
ボクは、竹田市に行く機会があり岡城に立ち寄った。高校を卒業した頃 友人と一度訪れたことがある。その頃の岡城は、自由に出入りできた。石垣の上から張り出した松の景色は、荒城 そのものだった。
四十年前と違い大きな駐車場が完備してあり、入場料が必要になっていた。
切符売り場に綺麗なお嬢さんとおじさんが座っていた。お嬢さんの方で切符を買った。
お嬢さんは、「岡城に来るのは初めてですか」とボクに訊いた。
ボクは「百年位前に一度来ました」と答えた。
綺麗なお嬢さんは、プイと横を向き切符をボクの前に差し出した。
ボクが からかったと思ったようだ。ボクは、からかったつもりでなく、昔の意味で百年と言ったのだ。四十年も百年も大して変わらないではないか。
横に座っていたおじさんは、笑っていた。
岡城は、文治元年(1185年)大野郡緒方荘の武将緒方三郎惟栄が築城したと伝えられている。江戸時代 岡藩を統治した中川氏によって三百年あまり藩の執務が行われた場所である。
ボクは、大手門跡から入り西の丸御殿跡 三の丸跡 本丸跡を見学した。四十年前は、草が伸び放題になり、全く整備されていなかった。
本丸跡のベンチに座り「荒城の月」を口ずさんでみた。
春高楼の花の宴
巡る盃影さして
千代の松が枝 分けいでし
昔の光今いずこ
石垣の松から気持ちの良い風が伝わってきた。
最初に築城して800年、明治4年に取り壊されて130年の時が経っている。
ボクの40年もあっと言う間だったがこのお城から見ると800年もあっと言う間に過ぎたに違いない。
成人して四十年間 ボクにも花の宴があった。巡る盃も経験した。光は、少なかったような気がする
「今からだよ どうしょう花さん」千代の松がボクに微笑んだ。
現在 レジ袋は1年間に約300億枚(1人1日約1枚)がゴミになっている。容器包装全体量では、家庭ごみの6割を超えていると言われている。
ぼくらの子供の頃 レジ袋はなかった。1970年頃からスーパーや小売店でポリ袋やビニール袋が使われるようになった。
ポリ袋は、便利なのである。何も持たずにスーパーやコンビニで買い物が出来る。「環境問題があるのでふろしきやエコバッグを持ちましょう」と呼びかけても直ぐに変わるものではない。
環境省は、平成18年頃 盛んにふろしきの普及を宣伝していたことがある。
当時の小池環境大臣が「もったいないふろしき」を提唱して普及運動をしたが全く普及できていない。
五月の中旬 三回目の本焚きの窯に午前二時 点火した。午前中 窯焚をしながら粘土の再生作業をした。早朝からの窯焚でふろしきを広げたまま転寝をした。夢の中にふろしきが出てきてボクに話しかけた。
ふろしき:何故 ぼくらは、昔のように使われなくなったのだ。
どうしょう花:昔と違ってレジ袋など便利なものができたからね。
ふろしき:レジ袋は、環境問題になっているのじゃないの?
どうしょう花:確かに大きな問題になっているね。
ふろしき:僕らは、レジ袋やエコバッグに比べて便利でないよ。
使い方を宣伝するだけでは、普及は無理だね。
もっと違う方法で宣伝しなければ普及しないよ。
どうしょう花:どうするの
ふろしき:ふろしきを使うことがかっこいいことをアピールするのさ
どうしょう花:どんな方法があるの?
ふろしき:有名な俳優や女優を使ってコマーシャルするのだ。
まず 吉永小百合さんに出てもらう。
吉永小百合さんがふろしきを持ってスーパーに買い物にいく。お酒や飲み物をふろしきに包み白魚のような手で結ぶところをアップする。最後は、ふろしきを抱えて出て行くうしろ姿を映す。かっこよくね。
次のコマーシャルは、キムタクに登場してもらう。キムタクがコンビニでおにぎりや飲み物を買い、ふろしきに包む。そして沢田背負いで(背中に襷掛けに背負う方法)バイクにまたがりツーリングに出かける。キムタクの背中に背負われたふろしきをアップする。
最後に小池元環境大臣が着替えを風呂敷包みに抱えて大分県湯布院の温泉宿にはいる。露天風呂の脱衣所でふろしきをひろげ その上で着物を脱ぐシーンを放映する。もちろん ふろしきと足だけ映す。いやらしく映さない。かっこよく映すのだ。
これを繰り返し一年間放映する。イメージ戦略である。ふろしきを使うことがかっこいいとアピールするのだ。
ボクは、目を覚ました。ふろしきの提案は、もしかして良い方法でないだろうかと考えた。便利を求め続ければ ふろしきの出番はないだろう。
ボクの尊敬する縄文人の末裔であるアイヌでは、地球上のすべての生命が神の大地に生かされているという考えがある。全てのものが借り物である。借り物は、未来の地球人にそのまま残さなければいけない。
未来の地球人に現状のままバトンしなくてはいけない。一人一人が現状維持を意識して暮らす必要がある。先ず出来る事をする。
ふろしきの活用は、手短にできるエコ活動になるのではないだろうか。
さっそく かばんに一枚入れておこう。
ぼくらの子供の頃 レジ袋はなかった。1970年頃からスーパーや小売店でポリ袋やビニール袋が使われるようになった。
ポリ袋は、便利なのである。何も持たずにスーパーやコンビニで買い物が出来る。「環境問題があるのでふろしきやエコバッグを持ちましょう」と呼びかけても直ぐに変わるものではない。
環境省は、平成18年頃 盛んにふろしきの普及を宣伝していたことがある。
当時の小池環境大臣が「もったいないふろしき」を提唱して普及運動をしたが全く普及できていない。
五月の中旬 三回目の本焚きの窯に午前二時 点火した。午前中 窯焚をしながら粘土の再生作業をした。早朝からの窯焚でふろしきを広げたまま転寝をした。夢の中にふろしきが出てきてボクに話しかけた。
ふろしき:何故 ぼくらは、昔のように使われなくなったのだ。
どうしょう花:昔と違ってレジ袋など便利なものができたからね。
ふろしき:レジ袋は、環境問題になっているのじゃないの?
どうしょう花:確かに大きな問題になっているね。
ふろしき:僕らは、レジ袋やエコバッグに比べて便利でないよ。
使い方を宣伝するだけでは、普及は無理だね。
もっと違う方法で宣伝しなければ普及しないよ。
どうしょう花:どうするの
ふろしき:ふろしきを使うことがかっこいいことをアピールするのさ
どうしょう花:どんな方法があるの?
ふろしき:有名な俳優や女優を使ってコマーシャルするのだ。
まず 吉永小百合さんに出てもらう。
吉永小百合さんがふろしきを持ってスーパーに買い物にいく。お酒や飲み物をふろしきに包み白魚のような手で結ぶところをアップする。最後は、ふろしきを抱えて出て行くうしろ姿を映す。かっこよくね。
次のコマーシャルは、キムタクに登場してもらう。キムタクがコンビニでおにぎりや飲み物を買い、ふろしきに包む。そして沢田背負いで(背中に襷掛けに背負う方法)バイクにまたがりツーリングに出かける。キムタクの背中に背負われたふろしきをアップする。
最後に小池元環境大臣が着替えを風呂敷包みに抱えて大分県湯布院の温泉宿にはいる。露天風呂の脱衣所でふろしきをひろげ その上で着物を脱ぐシーンを放映する。もちろん ふろしきと足だけ映す。いやらしく映さない。かっこよく映すのだ。
これを繰り返し一年間放映する。イメージ戦略である。ふろしきを使うことがかっこいいとアピールするのだ。
ボクは、目を覚ました。ふろしきの提案は、もしかして良い方法でないだろうかと考えた。便利を求め続ければ ふろしきの出番はないだろう。
ボクの尊敬する縄文人の末裔であるアイヌでは、地球上のすべての生命が神の大地に生かされているという考えがある。全てのものが借り物である。借り物は、未来の地球人にそのまま残さなければいけない。
未来の地球人に現状のままバトンしなくてはいけない。一人一人が現状維持を意識して暮らす必要がある。先ず出来る事をする。
ふろしきの活用は、手短にできるエコ活動になるのではないだろうか。
さっそく かばんに一枚入れておこう。
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