2017/01/30

TITLE:「 仙厓 

  新年を迎えたかと思ったらもう中旬。工房前の梅の花が満開になった。工房の水道管が凍るほど寒い日もあるが,差し込む陽ざしが春を感じさせ始めた。久しぶりに会社のOB会に出席した。

 文京区の永青文庫で展示されている仙厓展を見てきた先輩から良かったと聞いた。図録を見ていると先輩が良かったら先に見てよと貸してくれた。図録にある〇△□図は見たことがあったが、仙厓については何も知らなかった。

 仙厓は美濃国武儀郡(岐阜県)で生まれ、11歳のころ臨済宗の僧になった。19歳で行脚し月船禅彗の門下になる。32歳で印可を受け、再び行脚。39歳より博多の聖福寺の法嗣となる。本格的に絵を描き始めたのは40歳代後半になってからと見られている。

 仙厓の絵は生前から人気があり、一筆ねだる客が絶えなかった。狂歌も多く読んだ。「うらめしや わが隠れ家は雪隠か 来る人ごとに紙をおいていく」から読み取れる。

 ボクは仙厓の絵を見て陶芸の絵付けに使えると感じた。思うまま作品に筆を走らせる。上手く描こうとか、ここに線を引いた方が良いとか、褒められたいとか、いくらで売れるとか、そんな邪心を感じさせない。

 さすがに禅宗の和尚さんだと感心していると辞世の言葉が「死にとうない」とあった。何だ、同じ人間じゃないか!

 代表作「指月布袋図」を見ていると幸せな気分になって来るから不思議だ。a1d88e4d5913fd63d535a516ffd962ca.jpg

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2017/01/23

TITLE:「 句読点 

 昨年からブログで連載した、「陶芸家弓さん」を本にしようと編集と推敲をしている。第一章「陶芸家弓さん」、第二章「弓さんの旅」、第三章「お祭り男、弓さん」、全182ページ。推敲はプリントアウトして行っている。三回目の時、読点の多さが気になり、できるだけカットして見た。ページが少なくなりすっきりした。四回目の推敲の途中で読点の打ち方が間違っているのではないかと不安になり、医薬ジャーナリストの先輩に教えを乞うた。先輩は「そんなもん、気にしなくてよい。あなたの文章は面白い。一番先に出した『窓際のロクロ挽』が一番粗々しくて面白かった。二番目の『窓際の陶芸家』は段々面白さが減ってきた。小さいこと気にせず書きなさい」と言った。

 ボクは陶芸の専門雑誌「陶遊」からエッセイ「楽園みつけた」の連載を頼まれたプロのエッセイストなのだ。「窓際のロクロ挽」や「窓際の陶芸家」書いたときはアマチアだったが今はプロ、読点が間違っていては恥ずかしいのだ。

 先輩の忠告を無視してネットで読点の打ち方を調べた。「読点の打ち方、原則は10パターン」によると法則はないが原則はあるという。

原則は①接続助詞のあと、②独立後のあと、③接続詞のあと、④同じ役割

の動詞、形容詞、副詞などが並ぶ場合、⑤時、場合などを表す前置き文のあと、⑥主語、述語、修飾語の位置関係が変わった場合、⑦長い主語や述語との距離がある主語の場合、⑧意味の取り違いを防ぎ、理解を助けるため、⑨朗読するときの間を意識、⑩会話文のかぎカッコの前、となっている。

 いやいや文章は難しい。なになに、このエッセイにも間違い箇所があるって!ボクの文章は粗々しさが特徴なのだ。

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2017/01/16

TITLE:「 中折れハット 

 海外姉妹都市検討市民会議委員として渡米することになった。久しぶりの海外だが今までの観光と違いスーツを着用しなくてはならない。手荷物を減らすためスーツは着ていくことにした。前日、荷物を小さなキャリーバッグに詰め込んだ。出発は午後、午前中は工房で作陶をして、いざ出発の時、ボクのお気に入りの中折れハットがないのである。

この中折れハット、数年前100円ショップダイソーで、315円で購入したもの。紙でできているそうだが軽くて型は壊れない優れものであった。何よりも薄くなったボクのお頭(おつむ)を隠して英国紳士のような出立ちにしてくれた。今回も,中折れハットはボクを市民会議委員としてビシッと決めてくれる予定だったんだが・・・残念!

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2017/01/09

TITLE:「 ドンド焼 

 この時期降る冷たい雨のことを「山茶花(さざんか)散らし」というそうだ。

ドンド焼の今朝、昨夜からの冷たい雨が降っていた。ドンド焼の説明をするシゲさんが昨夜「明日の点火する午前10時にはやむよ」と言っていた。郷土史研究家で天気にも詳しいシゲさんの予報どおり午前9時には薄日が差す日和になった。

 ドンド焼は各地で呼び名があり、ボクの住む稲城では「寒の神」という。淡雪公園の真ん中に5メーターほどの竹で櫓が組まれ櫓の先に大きなダルマが飾られ、櫓の周りにそれぞれの家から正月に飾られた門松や注連縄、お札が取り付けられている。

 10時の点火前になると櫓の周りに人垣ができ、和太鼓「いなぎ太鼓」のメンバーが太鼓と鉦を打ち鳴らした。10時に点火、煙が舞い上がり大きな火の粉が空を焦した。

 ドンド焼は新年に出迎えた歳神様を門松、注連縄を焼くことによって見送る意味があるとされている。大きく燃え上がる炎をみて、ボクは無病息災を願いながら子供たちに火の恐ろしさを戒める願いもあるのではないかと思った。

 

今年の仕事始めの日、大家のもっちゃんとカワキモノをつまみに新年会をした。もっちゃんは「寒の神は秋に刈り取られた田んぼに櫓を立てた。ちょうどこの工房の場所が櫓の立った所だった」と懐かしそうに教えてくれた。

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2017/01/01

TITLE:「 年取り 

 2016年は一年を通して天候不順だったような気がするが12月から天候が安定してきた。工房の前にある梅林に早くも一輪二輪と花を咲かせ始めた。大晦日、工房を片づけながら子供の頃の正月を振り返った。ボクは1月1日が誕生日だ。両親と祖母から毎年「みっちゃん、今年いくつになったんじゃな」とお祝いの言葉をもらった。

 大分の田舎では正月よりも大晦日にご馳走を食べた。村の人はみんな「今日は年取りじゃから、はよう風呂に入ってご馳走を食べんと」と言っていそいそしていた。山深い村で大人たちは毎日野良仕事に追われていたが盆と大晦日とお祭りだけはご馳走を食べた。

 昔は旧暦で年齢を数えていた。満でなく数えで計算した。満は生まれたときが0歳。数えは生まれたときが1歳でその年を越したときが2歳になる。日没にはその日の終わりになるため大晦日に年取りのお祝いをしていたのだろう。

 ボクは元旦生まれなので二日続けてお祝いをしてもらった。何がご馳走だったのかあまり覚えていないが元旦には小さな尾頭付きの鯛のやきものがでた。小さいため食べるところが少なく何が目出度いのか疑問に思いながら両親の喜ぶ顔が嬉しくて食べた記憶がある。

 今日で68歳、数えで69歳「ウエー!!!・・・その時の両親よりずーっと上じゃないか」

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*明けましておめでとうございます。今年もエッセイ「まあ、いいか」よろしくお願いいたします。