2017/03/27

TITLE:「 オランピア  

 メンバーのミケさんは気まぐれにやって来る。来ると作陶の前、タバコに火をつける。品のよい指先にタバコをはさみ、スーッと優雅な煙が流れる。

 ボクは黙ってミケさんの前に粘土の塊をだす。ミケさんの使う白粘土はほとんど白。ミケさんは他のメンバーさんと話しながら粘土の塊から形をつまみ出していく。話し声が聞こえなくなると外でタバコをふかしている。たまに前のファミリーレストランに居ることもある。外で梅畑をスケッチしていることもしばしばある。

 塊から裸婦像がつまみ出された。ミケさんは「あれ、右足が上だったかな。まあ、どっちでもいいか」と呟いた。次の日、マネの画集を抱えてやってきた。ボクに写真を見せて「やっぱり足が反対だった」と笑った。マネのオランピアからつまみだした作品だった。

 画集を読むと19世紀のパリで「オランピア」は、娼婦の意味であることを知った。一糸まとわぬオランピアはまっすぐ前を見つめている。身に着けているものは首飾りと腕輪、片方のサンダルは脱げている。 ミケさんの作品も片一方のサンダルが別に作られていた。首飾りも腕輪もある。

 立体の物をキャンバスに映し出す作業は画家にとって簡単なことだろう。平面なものを立体にする作業はかなりの想像力が必要となってくる。ミケさんはいとも簡単につまみ出すのである。

 ミケさんは画家ミケランジェロを崇拝している。ミケランジェロは画家、彫刻家で建築家、詩人でもある。ミケさんの趣味は絵を描くこと。画家と言ってもよいほどの腕前だ。彫刻はやらないが陶芸がある。建築家になったという話はまだ聞いていない。

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2017/03/20

TITLE:「 国会議事堂見学 

 小房前の梅が散り始め、三沢川の桜の蕾が膨らんできた。満開の白木蓮が純白のドレスをまとった貴婦人のような気品に満ちた姿になった。

 獅子舞の先輩、ヨシさんから「国会に行こうよ。オレ、小学生の時に行ったきりなんだ」と誘われた。そして、ヨシさんは「国会議事堂は、立法府の建物。市民がどのような方法で何をするべきかを決定する場所。日本の方向性を決定する機関だ。オレたち何気なく毎日、テレビのニュースで観ているけど、実際どうなっているか分からない。一度くらい見ておかないとね」とみんなに声を掛けた。

 ヨシさんの同級生二人、ヨシさんの仲良しのサトさんとボクの5人が電車に乗り込んだ。南武線、小田急線、千代田線に乗り永田町に到着する。

 国会議事堂に入ると大理石の壁に国家の威信を肌に感じた。内装は、33種類の大理石、2種類の蛇紋石、沖縄県宮古島の珊瑚石灰岩、橄欖岩、黒髪石、尾立石、日華石などが使用されている。案内の方から建物全体の機材は郵便ポスト、ドアノブの鍵、ステンドグラス以外は全て純国産品を使っていると教えてもらった。

 議事堂は左右対称になっていて真ん中がピラミットの形をした中央塔になる。中央塔には中央広間があり四つの壁面に日本の春夏秋冬を描いた油絵がある。春は吉野山、夏は十和田湖、秋は奥日光、冬はアルプスをイメージして描かれている。

 四隅に日本の憲政に貢献した板垣退助、大隈重信、伊藤博文の銅像が立っている。四隅の一個の台座には誰の銅像もない。これには諸説あるそうだ。政治は常に未完であることを象徴、もっと偉大な政治家になれという戒め、皇居にお尻を向けるので避けているなどがあるそうだ。ボクは二番目のもっと偉大な政治家になれというメッセージが好きだな。

 天井は高い空洞になっている。天井の上に270平方メートルのロビーがあり、戦前には国会職員が社交ダンスの練習場に使っていたと聞いた。立法府の建物で社交ダンスの練習と聞き、違和感があった。

 五人の高齢者は、久しぶりの満員電車、初めての国会議事堂で疲れた。ボクは電車を降りてトボトボと自宅に向かった。自宅近くの白木蓮が目に留まった。国会議事堂の中央塔のダンスホール思いだし、ダンスを踊る優雅なご婦人を想像した。日本の将来を背負った職員が激務の間に白木蓮のような貴婦人の手を取ることを夢見ながらダンスの稽古をしたのだろう。ボクは「そのくらいの余裕を持った人たちが政治を司る。いいじゃないか!」と呟いた。

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2017/03/13

TITLE:「 休刊のお知らせ 

今週の「まあ、いいか」は休みます。

2017/03/06

TITLE:「 風格のある看板 

 春の陽気に誘われて、白木蓮が清楚な花を咲かせ始めた。ボクは2枚目の看板を担いでテント屋のタ-さんの家に行った。屋敷の塀には、政治家さんの看板から家業の看板まで多く掛かっていた。タ-さんは「ここが一番目立つ」と言って自分の家業の看板の横に取り付けてくれた。塀はセメントでできていたがセメント用のドライバーで簡単に穴をあけ、ビスで留めた。

タ-さんは、テント屋さんだが車のシートの張り替えからお店の廂(ひさし)まで何でも頼まれれば修理してしまう。そのため、何にでも対応できる道具が揃っている。タ-さんは、獅子舞、神輿会、みなみ会(盆踊りの会)の役員、地域の人たちの中心人物である。ボクも、タ-さんに見習って地域のためになろうと日々奮闘しているのだが、なかなかタ-さんのようにはいかない。

塀に収まった看板は、ボクとしては上手にできた。タ-さんからも「いいね、これで生徒が集まるよ」と褒めてもらった。

看板屋の始まりは、筆一本で板に文字を書く文字書きから始まっている。腕の良い熟練の看板職人は下書きなしで風格や味のある文字を書いた。現在は機械で印刷され、看板職人は少なくなった。

稲城陶芸教室の看板は、職人ではないが手書きの看板である。下書きありだが味のある出来上がりだ。看板に風格がないが「まあ、いいか」。書いた本人に風格がないのだから仕方がないというものだ。

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