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安東道正

Author:安東道正
サラリーマンのときに綴ったエッセイ「窓際のロクロ挽き」と「窓際の陶芸家」,定年後に綴った自伝小説「陶芸家弓さん」は本になりました。陶芸クラブいなぎで1冊500円で発売中。
自伝小説「つりあがりもん」に続き「悪戦苦陶、陶芸家ロクさん」を掲載します。
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社会教育委員会フォーラム 

 六さんは今年5月に所属している稲城市芸術文化団体連合会(芸文連)の会長に就任した。芸文連は市民文化祭など稲城市の芸術に関する行事を主催する団体である。会長になると当て職として社会教育委員会の委員になるのが慣習としてある。

 社会教育委員会は社会教育法第15条に基づき、都道府県及び市町村設置される非常勤務の特別職公務員。職務は社会教育に関し教育長を経て教育委員会に助言することを任務とし、主に三つの職務がある。社会教育に関する諸計画を立案する。定時又は臨時に会議を開き、教育委員会の諮問に応じ意見を述べる。職務を遂行するため必要な研究調査を行う。

 メンバーは10人でみんな賢そうな顔をしている。仕事も大学の先生、中学の校長先生、PTAの会長など教育関係者から地域のボランティア団体の要職にある方ばかりだ。

子供の頃、勉強が苦手だった六さんはあまり居心地がよくない。当て職といえども受けたからにはいい加減なことができないのが六さんの良いところ。真面目だけが取り柄なことを本人が一番知っている。

教育支援コーディネーター・フォーラムの案内があり、六さんは参加した。会場は西新宿にある都庁。

会場の大会議室に100人くらいの参加者が集まっていた。その他教育を支援する団体や企業関係者が40団体、200名くらいが会場にいた。教育支援コーディネーターのメンバーは若い人が多い。六さんのような子育てが終わった人は少ない。

成功事例の報告の後、グループディスカッションが行われる。子育てが終わって10年経つ六さんにはもう一つディスカッションについていけなかった。

 

お昼休みに新宿住友ビルに行った。新宿住友ビルは六さんが勤務していた会社があった。六さんは40代、一番元気で脂の乗った時期。新宿住友ビルは、高層階建てで1974年開業時210.3mは日本一高かった。48階から52階はレストラン街になっていて六さんも仕事に後ここで疲れをとった。懐かしくフラフラと上まで行ったが日曜日のため閉店の店が多く入ることができなかった。看板を見ると空き店舗も目立ち開業43年の年月を感じさせた。

六さんは三角ビル時代、製薬会社の学術企画にいた。勉強の苦手だった六さんはこの頃、会社から多くの知識とスキルを学んだ。それから20年経ち、この時学んだ知識やスキルで地域活動は何とかこなせている。デスクのあった14階のエレベーターを見ながら三角ビルから外に出た。

 

午後から企業や団体のブースが40あり会場を見て回った。弁護士会からソニー生命保険などいろいろなジャンルが出展し係員が対応していた。昔では考えられない生活設計のシミュレーションなど子どもたちを取り巻くツールは充分だ。

子ども教育が学校と家庭と地域ボランティアだけでなく企業や団体がバックアップしていることを知った。現在社会では情報が溢れている。子どもの社会でも同じであろう。子どもたちにいかにして整理した情報を提供するかが今後の課題の一つだろう。社会教育員として六さんの目標が一つできた。

研修が終わり都庁をでた。左手に三角ビルを見ながら黒いハットをかぶり直して新宿駅に向かった。

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[2017/12/30 18:09] 未分類 | トラックバック(-) | CM(0)

老人会で講演「定年後、やきものの歴史にハマった私」 

 冬将軍が勢いを増してビュービューと北風を送ってくる。街路樹が歩道を黄色や紅の絨毯に染める。六さんは背広にオーバーを着こんで黄色い絨毯を踏んで会場に向かった。

 

半年前、大家のモッちゃんから「六さん、やきものの講演をしてくれないか」と頼まれる。モッちゃんは、ゴルフ友達からの依頼だと言った。

六さんの住む町は、昔からの住宅地と新しく開発された住宅地がある。六さんやモッちゃんは昔からある住宅地に住んでいる。昔、田んぼや畑のあった土地で今でも梨作りが盛んに行われている。モッちゃんのゴルフ友達は新しい住宅街に住んでいる。若い人が多く住んでいて老人は少ない地域と六さんは思っていた。

 打ち合わせに行くと400世帯ある大きなマンションだった。マンションはいくつかの棟があり敷地内に小川が流れていた。管理棟があり喫茶店、集会場、キッズルームが備わっている。マンションがひとつのコミュニティになっている。ディズニーランドを設計した人が設計した建物だそうだ。 六さんに講演を依頼した老人会は多くの人がこのマンションで暮らいる。

六さんの住む市には市全体の老人会があり、各地域に12の老人クラブがある。60歳以上の方が「お友達がほしい」「いろいろなことにチャレンジしたい」「生涯健康!」などの思い出集まっている。グランドゴルフ、スナックゴルフ、レクダンスなどの軽スポーツからカラオケ、民謡、手芸などの趣味活動、友愛活動といろいろな分野で活動している。六さんの講演会はその一環として知識を学ぶ活動だ。

 

会場に着くと幹事のワタナベさんが準備をしていた。打ち合わせでは94歳の方がいて平均年齢が74歳と聞いていた。六さんは94歳の方にやきもの歴史についての話はよいが、定年後の生活の話は面白くないんじゃなかろうかと心配だった。会場に入ってこられた方々を見て六さんは驚いた。みんな若い!実年齢は六さんの68歳より先輩の方々だろうがほとんど同じくらいに見えた。話を聞くとダンスやグランドゴルフだけでなくゴルフや水泳、フィットネスクラブに通っているそうだ。

六さんの心配をよそに目をランランと輝かせて頷きながら、中にはノートを取り六さんの話に耳を傾けた。六さんは学校の先生になった気分で先輩たちに自分の考えを話した。       

やきものの歴史の話にも産地についてなど専門的な質問があった。土器、炻器(せっき)、陶器、磁器の開発を歴史上の出来事に重ねながら説明した。

 締めくくりのスライドで「喜びの山」について語った。

   

     知らない

       ↓    知識の山

     知っている

       ↓    行動の山

     やってみる

       ↓    気づきの山

     分かる

       ↓    技術の山

     できる

            喜びの山

 

 そして最後に「Never too late」のスライドで締めくくった。

 

 スライドを見た会場の先輩たちは、頬を染めて「ありがとう!面白かったよ」と拍手をくれ。六さんはマンション敷地に流れる小川の傍を、スキップを踏みたい気分で会場を後にした。

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[2017/12/15 16:06] 未分類 | トラックバック(-) | CM(0)