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安東道正

Author:安東道正
サラリーマンのときに綴ったエッセイ「窓際のロクロ挽き」と「窓際の陶芸家」,定年後に綴った自伝小説「陶芸家弓さん」は本になりました。陶芸クラブいなぎで1冊500円で発売中。
自伝小説「つりあがりもん」に続き「悪戦苦陶、陶芸家ロクさん」を掲載します。
陶芸クラブいなぎ
http://inagitgc.html.xdomain.jp/

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「鼓遊」チャリティーコンサート 

 雨に濡れた新緑がキラキラと輝いている。六さんは、バスに揺られながら和太鼓コンサートの会場に行った。会場は駒沢学園記念大講堂。NHKホールを参考に造られた1500名収容できる市内最大のホールである。

 六さんは、前方中央の席に座った。幕が開き、中型の太鼓を担いだ出演者が複数人で打ち鳴らした。観客席の六さんはいつの間にか太鼓の世界に入り込んだ。大太鼓の図太い音が大きな会場に響き渡った。和太鼓の腹に響く音は何故か身体の隅々にしみ込んでいく。日ごろの忙しさを忘れ太鼓の音に浸っていると舞台が大海原になり怒涛が打ち寄せてくる感覚に捉われた。「波の花」の演奏だ。次から次に波が打ち寄せ、サラサラサラとひいていく。繰り返しくりかえし六さんの身体を打ち付けた。太鼓の大音量は、打ち寄せる波の恐怖でなく身体の奥に潜んでいた安らぎを引き出し、六さんは気持ちの良い世界に浸った。

 和太鼓の会「鼓遊」は平成10年5月に稲城市向陽台で創立された。創立した頭(かしら)の木崎充教さんは若い頃、和太鼓の音色を聞いたとき、全身がしびれたという。すぐに和太鼓の会の門をたたき、和太鼓にのめり込んでいった。自分の会を持ちたいと言う夢を立ち上げ、今年で20年経過した。20周年記念「鼓遊」チャリティーコンサートは、1500人の観衆に木崎さんの夢が響き渡り、しびれさせた。

 団員は頭を筆頭に数名の大人と大学生から4歳までの子どもの構成になっている。太鼓を叩いている団員の顔から微笑みが消えることがなかった。舞台で飛び跳ね、曲目によっては客席まで降りて太鼓を打ち鳴らした。太鼓を打ち鳴らしている喜びがそのまま身体に現れ、観客の心を鷲づかみした。

 入場料による収益金は、心身に障害を子どもたちへの支援として寄付される。金銭的な支援だけでなく障害を持つ方々へ太鼓を教え、体験の一つとして舞台を提供している。第一部の最後に「友遊クラブ」の演奏があった。友遊クラブは、障害のある誰もが平等に生き生きと社会生活を送れるようになることを目的に活動し、仲間とともに様々な体験する場を提供している。集団活動を生かして協調性を身に着け地域との関わりを通じて社会性を習得できる。障害のある方々が豊かな生活の実現へ向けて支援し、社会全体の利益の増進に寄与できることを最終の目標にしている。障害のある方々が一生懸命叩く太鼓も場内の観客の胸を熱く叩いた。

第二部は、お祭りだ。鉦や太鼓、篠笛が吹き鳴らされ、一足早い夏祭りが会場一杯に広がった。何度も何度もアンコールがあり、幕が下りた。

観客は口々に「よかった」「素晴らしかった」「楽しかった」と雨に濡れた紫陽花に見送られて会場を後にした。

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[2018/06/22 15:53] 未分類 | トラックバック(-) | CM(0)

市民オペラ「カルメン」のレセプション 

 教室のメンバーさんが作業を終えて帰った後、後片付けをして工房を閉めた。六さんは三沢川沿いの桜の蕾が赤くなっているのを確かめながら歩いた。「今年は花が早いと言うが本当じゃな」と呟いた。帰宅すると机に稲城市民オペラの案内状が届いていた。

 昨年、六さんは初めてオペラを観た。劇場内に響き渡る俳優の声と演奏に六さんは感動した。昨年見たオペラは、オペレッタ「こうもり」でオペラより軽く喜歌劇、軽歌劇と呼ばれる。本物のオペラを観たと思っていた。

 「今年はオペラじゃな」と呟き、六さんはすぐに申し込みをした。

 幕が上がると驚いたことに舞台と客席に俳優が出てきて全員タバコをくわえている。六さんは慌てて会場内を見回した。今、六さんの町では市長が率先して路上喫煙防止を呼び掛けているのである。市長がいたら公演が中止になるぞ。会場に市長に居ないことを確かめると六さんは「よかった」と呟いて舞台を見つめた。熱演する俳優の演技に六さんはすぐに中世のスペインへ引き込まれた。

 幕が下りて六さんは出演者からレセプションに誘われた。実は六さん、昨年「こうもり」を観た後、レセプションに出席して、もの凄く楽しかったので今年も期待していた。俳優さんたちの宴席は、会場が舞台になる楽しさがある。主演も脇役も会場の全ての人が主役になって一言ひとこと演じる舞台なのである。

 六さんは、昔演劇を見た後、役者をしている友人から誘われて、出演した役者のレセプションに出たことがある。テレビで見る有名な俳優さんたちが場面、場面で見事な演技を見せてくれた。この人たちは、観客を喜ばせるだけでなく、自分たちで喜ぶ術を持った人種であることを知った。市民オペラの俳優たちも同じ人生を楽しく過ごす術を心得ている人たちだ。

 東京には、俳優志望が星の数ほどいると言われる。その星の中からスターと呼ばれるようになる人は一握りしかいない。六さんの友人も、もの凄く優秀な人だったが一生バイト生活だった。

 市民オペラには8人のプロが出演した。同じテーブルにいたプロの若い俳優と六さんは話をした。若い俳優は、俳優業だけでは食えないので別の仕事を兼業しながら生活していると話した。六さんは、アルバイトと言わず「兼業」と言ったこの俳優に自分の職業に対する気概を見た気がした。

 会場を後にして六さんは三沢川の桜並木を歩いた。膨らんだ蕾がもうすぐ花を咲かせる。今日の俳優さん達もなんとか花を咲かせてほしいものだと蕾に呟いた。

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[2018/06/01 15:05] 未分類 | トラックバック(-) | CM(0)