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安東道正

Author:安東道正
サラリーマンのときに綴ったエッセイ「窓際のロクロ挽き」と「窓際の陶芸家」,定年後に綴った自伝小説「陶芸家弓さん」は本になりました。陶芸クラブいなぎで1冊500円で発売中。
自伝小説「つりあがりもん」に続き「悪戦苦陶、陶芸家ロクさん」を掲載します。
陶芸クラブいなぎ
http://inagitgc.html.xdomain.jp/

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正月休暇「西村京太郎記念館」 

 小田急線の車窓から白い大きな富士山が見え始め小田原駅が近づいてきた。六さんの住む稲城から見える富士山は小さいが小田原まで来ると空気が変わり富士山の存在が大きくなる。六さんは、小田原駅のホームに降り、大きく息を吸い込み背伸びをした。東海道線に乗り換え湯河原に向かった。

 六さんは、正月の休暇を変更して正月中旬、温泉旅行で湯河原に来た。翌朝、ホテルを出て万葉公園を散策した。千歳川沿いを駅に向かって歩くと西村京太郎記念館があった。六さんは西村京太郎について推理小説家と言うことくらいしか知らなかった。展示室の二階に上がると案内ロボット「エノン」くんが迎えてくれた。展示室には今まで執筆した小説が500冊以上展示されて、視聴覚室では取材の様子などが上映されていた。ドラマ化された作品が多く壁一面に登場した役者さんや女優さんの写真が貼られている。中央に鉄道模型のジオラマが鎮座していた。これは西村先生の道楽だろうと思って調べて見ると多少違っていた。西村先生の小説はヒット作品「寝台特急殺人事件」など鉄道が背景になったものが多く、トラベルミステリー作家というジャンルを示した人。

 このジオラマは「なんでも鑑定団」のオークションに出されたものを50万円で落札したそうだ。ジオラマには新幹線の団子鼻のO系から最新型のE5系。在来線寝台特急「サンライズ」、特急「ゆふいんの森」、箱根登山鉄道からJR、私鉄まで走らせることができる。西村先生はこの模型を見ながら小説の構想をしているのかと思ったが決してそうだはなさそうだ。西村先生は年六度の取材旅行で12社分の小説を書き続けている。自ら旅をして風景を眺めながら構想を練るという。このジオラマは来館者のために飾っているらしい。

 作家は読者の顔を知らない。誰が読んでくれるのかを知りたい願望があり記念館を作りジオラマを展示した。先生は、毎週日曜日、一階の「茶房にしむら」でサイン会を開いている。読者とふれ合い、どの様な人が自分の作品を読んでいるのかを確認している。

 六さんも趣味でエッセイを20年間書き続けている。作品はブログで配信し、三冊の本を出版した。一部陶芸雑誌「陶遊」で連載したこともある。書き始めたころ10名の人に読んでもらえればいいと考えていたがいつもどんな人が読んでいるのだろうかという思いはある。こんな有名な先生でも気持ちは同じなのだなと六さんは西村先生に親近感を感じた。茶房にしむらで紅茶を飲みながら壁に貼られた西村先生の本の一覧表を眺めた。人気作家のエネルギーが伝わってきた。2017年12月時点で596冊出版し累計発行数は2億部を超える。先生は東京スカイツリーの高さ633mを越えるまで書きたいと言っているそうだ。

 六さんは、記念館を後にして千歳川の流れを見た。87歳の西村京太郎まで後、17年ある。「ボクは後1冊出版しようと思っていたがもう少しハードルを上げて執筆しよう」と六さんは呟いた。先生の本は印税が入るが、六さんの本は出版費がかかる。同じ物書きでも全然違う。競うことはないんだよなー、六さん!

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[2019/01/25 15:54] 未分類 | トラックバック(-) | CM(0)

若い時の自分と比べていませんか?「加齢と病気と髪の毛」 

 三沢川沿いの並木道が数枚の葉っぱを残し枝だけになり明るくなった。北風に吹かれ、残った枯葉がひらひらと三沢川の川面に落ちゆっくり流れていく。六さんは、ゆっくりと川面を眺めながら工房に向かった。

 寒くなると六さんの陶芸教室は暇になる。年末から年始にかけての忙しさもあるが築50年の建物にも問題がある。灯油ストーブ一つでは隙間風を防げずパンパンに着込んでの作陶は動きづらくメンバーさんの足が遠のく。灯油ストーブにかかっている鍋のお湯から湯気がゆらゆらと立ち昇る。六さんは初窯で焚く左馬の茶碗に絵付けをしているとカタさんやってきた。カタさんはゴルフの腕前が凄く男のゴルフ仲間から一目置かれている。二、三年まえから身体のあちこちに不具合が起きて陶芸に来るたび六さんに健康状態を報告する。六さんの前職は製薬会社のMR(医薬情報担当者)で病気に関して詳しいとみんな思っている。

 古希が近づき六さんは病気に関してMRの時と考え方が違ってきた。MRをしているときは、病気は治るもの、治すものと考えていた。今、六さんは、病気は自然なもの、当然出てくるものと考えるようになった。病気を治す医師に関しても検査をし、薬を投薬する医師が良い医師と考えていたMR時代だったが今は違う。軽い症状は問診だけで検査をせず、投薬せず、「歳のせいです」と患者に言う医師が良い医師と考えるようになった。

 カタさんが「センセイ、肩が上がらないんです」というと六さんは「カタさん、ゴルフが出来たんでしょう。大丈夫」と言って笑った。そして「肩の痛いのは歳のせい。若いときの自分と比べても仕方がないこと。この前、ボクは若い床屋さんに言われましたよ。カットした後、鏡でボクの後ろ頭を映して、どうですか?と言うからボクは随分薄くなったなーと渋い顔をしたんだ。床屋さんはネ、六さん若い時の自分と比べていませんか。今の六さんの年齢ならこの髪の量で充分じゃないですか!とネ。人はついつい、一番いいときの自分と比べて考えるんだね」

 六さんの話を聞いたカタさんは「分かっているけど痛いもんは痛い」と言って「整形外科予約しているんで行ってきます」と出て行った。

 左馬の絵付けに戻るとしばらくして村芝居の仲間のトカさんが首にコルセット巻いてやってきた。六さんが「おや、トカさんむち打ち症でもなりましたか?」と訊くとトカさんは怒った顔で「六さん、首が痛くなって医者に行ったら頚椎症と言われたんだ。悔しいことに医者から加齢によるもんだと言うんだよ。そして薬をださず、コルセット巻いて、はい大丈夫てな具合だ、ロクな医者じゃない」という。六さんは「トカさん、その医者名医だよ。今の開業医は検査をするは、薬はだすはで気が付くと5種類以上の薬を出される。いくら何でも薬で腹いっぱいになるってもんだ。今の医療制度は、検査をしてなんぼ、薬を出してなんぼの出来高制だから仕方がない。それと今は訴訟と言うもんがあって、あの医者が検査をしなかったから病気がひどくなったと訴える人が増えてきた。医者は訴えられないように検査が多くなるのさ。医師の事情、患者の事情がある」と言うとトカさんは納得した顔をした。

 トカさんは、真面目な顔をして「六さん、ボク、子供の頃、勉強し過ぎて頭が重くなり、この歳になって首が支えられなくなったんだろうかね」と言って帰って行った。トカさんが帰った後、トカさんが有名な大学を出たことを知っている六さんは「オレ、あんまり勉強できなくてよかった」とすっかり葉っぱを落とした柿の木を見上げた。


[2019/01/15 16:58] 未分類 | トラックバック(-) | CM(0)

フェイスブックと年賀状「取捨選択の時か!」 

 新年が優しい日差しの中で明けた。六さんは三沢川沿いをゆっくり歩いて八坂神社の元旦祭に出席のため向かった。水車橋の欄干に羽を休めていた鳩が餌を求めて足元によってくる。川の深いよどみに大きな鯉が身を寄せ合って暖をとっている。

 八坂神社の小さな境内には近所の方が焚火を囲んで集まっていた。口々に「明けましておめでとうございます」と挨拶を交わした。六さんは盆踊りの会のヨウさんを見つけて挨拶した。ヨウさんは「六さん、誕生日、おめでとう」と言って笑った。ヨウさんと六さんはフェイスブックの仲間。朝、フェイスブックで六さんの誕生日を知ったようだ。元旦祭が終わり帰宅した六さんはパソコンを開け、フェイスブックを開いてびっくり。ヨウさんのメッセージを始め沢山の誕生日祝いが届いていた。ヨウさんのように知っている人のメッセージは返事が書きやすいのだがフェイスブックだけのお付き合いの方には何とお礼の返事を書いてよいか戸惑った。

 フェイスブックの返事を戸惑いながら届いた年賀状を読んだ。サラリーマンを定年退職して六さんは年賀状を減らしてきた。儀礼的に年賀状だけの付き合いの方には出すのを止めた。年賀状は儀礼的な文章のものと自分の近況報告のものが多い。儀礼的な年賀状は元気だよというメッセージなのだろう。近況報告は、旅行や家族の様子が写真付きで届く。こちらも元気でこんなに幸せな日々を送っているよというメッセージが込められている。どちらも読む方からすれば「あ、そう」という感じで何となくむなしいと六さんは感じる。

 今年の年賀状の中に2通「今年で年賀状のご挨拶を失礼します」とあった。二人は同じ世代、九州で一緒に仕事をした仲間だ。二人とも決断が早く仕事のできるライバルだった。六さんは「なかなかやるな」と気持ちよく受け止めた。

 若い人たちには、SNSでの年賀の挨拶が増えたそうだ。フェイスブック、ライン、SMSなど簡単にあっという間に挨拶ができる。ハガキを買って、宛名を書いて挨拶文を認めポストに投函するなど面倒な手間を省ける。近頃は、年賀状は輪ゴムで束にしてとか同じ郵便番号は束にしてカード挟んでとか郵便局の手間を省くため益々面倒くさい。六さんもサラリーマンを定年退職した時、年賀状は止めようと何度も考えた。しかし何となく失礼になると思い直して続けている。

 フェイスブックを始めて二年になる。教室のメンバーさんが減った時、六さんは若い女性のメンバーさんからフェイスブックを勧められた。六さんの趣味は文章を書くことだ。陶芸を始めた20年前から続いている。当初、フェイスブックは写真が多く気が進まなかった。写真は見ただけで状況を説明してしまう。そして見た後、一瞬にしてその状況が消えてなくなる。良い文章は、状況を理解できるまで時間がかかるが状況の想像が広がり心に残る。フェイスブックを続けていて面白い発見があった。文章を書いた後、写真を添付するのでなく写真を添付した後、文章を書く。これが意外に面白い。フェイスブックの場合、多くの活字を並べても読まないのでないかと思われる。読んでもらうためには100字から200字以内がよい。短ければ短いほど良いのだが難しい。短いと説明不足で何を言いたいのか分からなくなる。良い文章は短く適格に表現し面白い。フェイスブックは文章を書くための訓練になる。年末に初めて会ったフェイスブック仲間から「六さんのフェイスブックは面白いですね」と言われ六さんは「文章の訓練で書いています」と返事をすると呆れた顔をされた。

 フェイスブック仲間には、政治家の方が多くいる。市長や議員は毎日毎日自分の仕事を広く知ってもらうために都合の良いツールになっている。六さんも議会の様子を逐一知ることができ重宝している。また議員さんのメッセージは市内で起きた出来事の報告がありこれもありがたい情報である。農家の方のフェイスブックで収穫の時期や収穫までの経過を知ることができる。そして珍しい鳥や虫の六さんの知らない情報を多く発信してくれるのが嬉しい。嬉しくないメッセージもある。何の説明ものなく写真だけのもの、自慢話やのろけ話など抑えのきいてない文章は、読み手に負担をかける。六さんの文章を書くとき気を付けていることである。しかし、SNSはお構いなしに何処にでも流せるところが良いのだろう。文章を書くことを大切にしている六さんは年賀状もフェイスブックも取捨選択の必要があるのだろうと考え始めた。

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[2019/01/05 17:04] 未分類 | トラックバック(-) | CM(0)