FC2ブログ

安東道正

Author:安東道正
サラリーマンのときに綴ったエッセイ「窓際のロクロ挽き」と「窓際の陶芸家」,定年後に綴った自伝小説「陶芸家弓さん」は本になりました。陶芸クラブいなぎで1冊500円で発売中。
自伝小説「つりあがりもん」に続き「悪戦苦陶、陶芸家ロクさん」を掲載します。
陶芸クラブいなぎ
http://inagitgc.html.xdomain.jp/

現在の閲覧者数:

爺さんセンセイ奮闘記 

 ミーミーミーと蝉がせわしく鳴く。「センセイ、何作るの」「センセイ、粘土はどれ使うの」「センセイ、水」「センセイ、絵具使っていい」「センセイ、アイスある」「センセイ、このお菓子食べていい」「センセイ、今日は自由作陶した」と蝉と同じくらいうるさく聞いてくる。

 六さんは三人の子どもを育てたが子どもが苦手だ。理由は子どもの我儘を言うのとぐずって泣くのが嫌いだった。10年前に陶芸教室を始めた時、大人が楽しめる教室として開業した。ただ夏休みだけは子ども陶芸教室を開いた。小学生になると我儘を言う子どももなく、ぐずる子どももいないので六さん安心した。最初の頃、六さんは普通に接していたのだが、積極的に近づく子どもはいなかった。子どもが苦手というオーラがどこか漂っていたのかもしれない。

 10年が過ぎ、六さんは変わった。子どもが特に好きと言うわけではないが子どもたちが近づいてきはじめた。もうすぐ5歳いう男の子が伯父さんと一緒に夏休み子供陶芸でやってきた。カレー皿と小皿2枚を作ると5歳のケンくんは六さんの膝に乗って来た。そしてアイスを美味しそうに舐めた。若い伯父さんは、嬉しそうにスマホでパチリと撮った。  

六さんは不思議な気分になった。自分の三人の子どもは膝の上に乗って来た子がいなかったような気がする。六さんも70歳の爺さんになり、子どもが好きと言うこともないが苦手というオーラが消えていることも確かなようだ。

近ごろ、定期的に通ってくる小学三年生のヨシくんがいる。ヨシくんは言葉が巧みで時々六さんを困らせる。「そんなことしているとキリキリパーになるぞ」と六さんが言うと「センセイ、クルクルパーじゃないの」と正してくる。とにかく活発でボキャが多く頭の回転が速い子なのだ。そのヨシくんが工房前に生っている栗を見て「あれ何」という。「ヨシくん、クリだよ!クリ食べるだろう」と言うと不思議そうな顔をした。クリの固い皮の上にイガイガの皮があることを知らなかったようだ。六さんは二週間後イガイガが茶色く色付き中からクリが顔を出したので写真に撮ってお母さんに送った。お母さんから「もしかして初めてみたかもしれません」とメールが戻ってきた。

六さんが子育てをしている頃、稲から米が採れることを知らない子供が話題になったことがある。稲と米、イガイガの皮とクリ、都会の子どもにとって出来上がったものだけ見て育つので当然かもしれないと六さんは思った。六さんは大分県の山深い村で育ったので田植えから稲刈り、精米まで全ての工程を知っていた。米だけでなくクリもアケビも山に育つものは全て見て学んだ。逆に街の子が知っている音楽や映画の話、俳優や女優の名前、読まれている絵本や本などの情報はほとんど知らずに育った。若い頃、町に育った友達から馬鹿にされたものだ。

子どもは環境からいろいろなことを学ぶようだ。六さんはやきものに関する知識を紙芝居で話している。茶碗のことをやきものと言うことから始まり、やきものには茶碗の他に瓦や植木鉢、トイレまで同じであること、粘土から茶碗ができるまでの工程、縄文時代から土器が作られたことなど子どもの興味を引きそうな話題を話している。

教室が終わって帰る子どもの背中に「宿題終わったか!勉強頑張れ!」とエールを忘れない六さんだ。子どもたちが帰った後、「爺さん頑張ったな!ジージージーとクマゼミが鳴いた。

IMG_20190815_160357_106.jpg

スポンサーサイト




[2019/08/23 14:05] 未分類 | トラックバック(-) | CM(0)

「なぜ」から生まれた桃太郎 

 暑いあついと汗を拭いながら京王線の稲城駅から電車の乗ると冷たい空気が六さんの身体を包んだ。汗がひいたころ東府中駅につき府中の森芸術劇場ふるさとホールへ歩いて向かった。陽ざしが強く商店街の日陰を選んで歩くのだが汗がふきだした。蝉の声をやたら暑苦しく聞こえた。

 六さんは子どもたちが夏休みのこの時期に公演される稲城子どもミュージカルを楽しみにしている。今年の出し物は「桃太郎」。桃太郎と言えば6年前に青渭ざで公演した演目だ。六さんは入会して2年目の新人だったが声の大きさを買われ犬の役に抜擢された。犬役は台詞が多くなく六さんは目立つために「桃太郎さん桃太郎さん、お腰に付けたきび団子、一つ私に下さいな!」と言うセリフをミュージカル調に歌って観客に受けた。青いざの筋書きは物語に忠実で強い桃太郎が犬、猿、雉をお供に鬼を退治し、村から持ち去られた宝を取り返すものだった。

 午後2時、子どもミュージカル「桃太郎」幕が上がった。桃の花の衣装を着けた数人の妖精が踊り、妖精に包まれた桃から桃太郎が現れた。桃太郎は桃から生まれたことから村人に「化け物」として恐れられる。お爺さんお婆さんの優しさですくすくと育っていく。

 後半のクライマックス、鬼姫が率いる鬼ヶ島での戦いで鬼姫の苦悩が語られる。鬼一族も昔は村で生活していた。鬼一族には頭に角が生えていた。角があると言うわけから村人から疎外され、鬼ヶ島で生活することになる。島には木も草もないゴツゴツした岩の島、食べ物がなく時々村を襲って食料を手に入れた。桃太郎は鬼姫に語る。「ボクも桃から生まれた化け物としていじめられた。お爺さんお婆さんから化け物なんかではないよと優しく育てられた。鬼姫さまも角があるからと言って元々鬼ではないはずです」と言って戒める。桃太郎も鬼姫一族も村に帰って一緒に暮らすハッピーストーリーだ。

 六さんは、今年で卒団になる高校三年生の二人の演技に注目した。一人はお爺さん役と鬼役を一人二役で演じた。お爺さん役ではゆったりした口調でお爺さんを演じきった。鬼役のダンスは18歳の若さが躍動した。もう一人の高校三年生は村役の与兵を見事に演じ、二役目の鬼役でのダンスは見事だった。二人とも一昨年の大空町公演に出演した。年長の二人は中学生、小学生、幼稚園生を統率するリーダーだった。引率する六さんの心配は二人のリーダシップで助けられた。二人の演技を見ながら北海度大空町公演思い出しこれから羽ばたいてもらいたいと思っていると幕になった。

 今回の脚本は、脚本家東直子先生が書き下ろした。先生は昔から語り継がれた桃太郎を「なぜ」の視点でこの脚本を書いたとパンフレットにあった。なぜ桃から生まれたのか?何故鬼退治に出かけたのか?生まれた時から正義の味方の桃太郎でなく「化け物」。鬼は生まれた時から鬼でなく頭に角があるだけの人間。桃太郎には心を通わせるお爺さんとお婆さんがいた。鬼にはいなかったがこのミュージカルで桃太郎が鬼に心を通わせた。

 幕が下り、団員の子どもたちに見送られて外に出た。暑さも蝉の鳴き声も清々しく駅に向かって六さんは歩いた。


[2019/08/16 11:49] 未分類 | トラックバック(-) | CM(0)

盆踊り 

 早朝、クマゼミの「ジージージー」と鳴く声で目を覚ました六さんは「今日と明日、盆踊りだ!頑張るぞ、それにしても朝っぱらからクマゼミめ『爺爺爺』とうるさい奴だ」と背伸びした。昨年、六さんが東長沼の盆踊り、みなみ会の実行委員長を任されたが雨のため1日しか開催できなかった。役員に「名誉挽回の為、六さんもう一年やってよ」と言われて引き受けた。晴れ男を自任する六さんだ、今年も台風が来たらどうしようと内心ドキドキしていた。

 心配を吹き飛ばす良い天気に気をよくした六さんは前夜Uチューブでチェックした帯の締め方を確認して会場に出かけた。

 「稲城繁盛節」に合わせて太鼓が「ドン、タカタカタカ、ドンドンドン、タカタカタカタカタカタカ」とリズムカルに打ち鳴らされた。初日の踊りの輪がいつもより早くでき二重三重と広がった。稲城繁盛節、稲城梨唄、愛の街稲城、東京音頭、大東京音頭、炭坑節と定番の曲に昨年からダンシングヒーローが加わった。今年一番若い会員のミーさんから新オリンピック音頭とボン・ジョヴィを取り入れようと提案があり練習に取り入れたが高齢の会員にはリズムが一定でなく難しい。六さんもミーちゃんから送られてきたDVDを見たが一向に覚えられない。

 六さんは実行委員長として心配していたが新オリンピック音頭が流れると市長、前議長のケンさんが櫓に加わり難なく模範演技を披露してくれた。新オリンピック音頭やダンシングヒーロ、ボン・ジョヴィが流れると輪の中に若い女性が増え賑やかになった。ボン・ジョヴィはアメリカのロックバンド「BON・JOVI」の曲を盆踊りにアレンジした。盆ジョヴィとなってブームを起こしている。

 二日目、六さんは実行委員長として櫓で挨拶をした。

「ご来場ありがとうございます。幼稚園、保育園、小学生、中学生の皆さん、お盆は一年に一度ご先祖様がお家に帰ってくるお祭りです。盆踊りはご先祖様に、今こんなに楽しく踊れているのはご先祖様のお陰です。と感謝を示す踊りです。みんな輪に入って楽しく踊りましょう。

高校生の皆さん、今盆踊りはボンダンスとして世界で踊られています。特にフランスではボンジュール、ボンダンス(こんにちはボンダンス)と響きが良く流行っているそうです。来年はオリンピック・パラリンピックで多くの外国人が稲城にやってきます。稲城の盆踊りを世界に発信してください」

挨拶の後、子どもたちにアイスが配られた。アイスをなめながら子供たちは嬉しそうな顔で会場を走り回った。会場の東側に屋台が12軒並んでいる。西側には青少年育成会のテントが張られフランクフルト、焼きそば、焼き鳥が販売され盆踊りの雰囲気が最高潮になった。

六さんもお天気に感謝しながら輪に加わった。踊りながら南の空を見上げると三日月さまが顎をしゃくって静かに微笑んでいた。

三日月を見ていると六さんは、故郷の盆踊りを思い出した。六さんは大分県の山間の村で育った。六さんの子供の頃は、村に人が多くいて盆踊りが各集落で催された。小さな櫓の周りに輪が出来た。その周りを子どもたちが駆け回った。村には人が減り、盆踊りもなくなった。みなみ会の盆踊りの会場を見回すと昔故郷で繰り広げられた盆踊りがそのままの形で継続されている。みなみ会は今年40周年を迎えた。六さんはその輪に中にいることに感謝しながら一生懸命踊った。

DSC_0033.jpg


[2019/08/09 16:09] 未分類 | トラックバック(-) | CM(0)