陶芸に関する悪戦苦陶の話
庭師(第百三十二話)


工房の小さな庭を菜園に改築した時、庭にあった紫陽花や薔薇の剪定(せんてい)をした。
チョキ チョキと剪定バサミで枝を切りそろえると気持ちが良いのだ。三坪ほどに植わった庭木は、あまりにも少なく物足りなかった。

大分の実家にも庭がある。山深い田舎の為、どこからが山で どこからが庭か  どこからが畑か分からない。柘植(つげ)や柊(ひいらぎ)、ねむの木など普通の庭木が植わっている。山と庭の境にツツジとサツキが植えられている。

父が亡くなり七年が経ち 実家に手入れする人が誰もいないため、枝は、伸びほうだいになっていた。

今回帰省した時、実家に着くや剪定バサミで作業を始めた。工房で味わったチョキ チョキの気持ち良さを思いだしたのだ。

まず柘植を剪定した。柘植は、五段に区切られ枝が普通だが実家の柘植は、段が消えていた。五段にするには、枝が少なく三段で剪定した。

次に駐車場の入口にある高さが二メーターほどあるヒイラギを剪定した。脚立の上で剪定していると三メーター程先の道路にホオジロが羽を広げてチチチと歩いている。先ほどから鶯などの小鳥の声に混じってホオジロの鳴き声が聞こえていた。

中の方の大きな枝を切ると枝から小鳥の巣が出て来た。中に卵が三個あるではないか。さっき 羽を広げて異常な動きをしていたのが親鳥だった。「しまった」とボクはあせた。そして元に戻した。

山と庭の境に植えられたつつじとサツキが伸び放題になっている。これも思い切り短く刈り込んだ。サツキは、花が満開だった。近所のオジサンから花が終わって剪定しなければと言われた。三日後には、東京に戻らなければならず 仕方がなかったのだ。

全部の作業を二日間かけて完了した。
一年ぶりに床屋さんに行ったようなさっぱりした景色になった。
もしかしてボクは、陶芸家より庭師の方が向いているのではないかと思うほどの出来栄えだ。

しかし 全体を見渡していると何か物足りないと感じ始めた。中心になるポイントがないのだ。
良い庭園には、大きな石が置かれていたり、石灯篭が置かれたりして中心になるものがある。

庭に中ほどに枯れた紅葉の木立があり、母が根っこから切り倒してくれと言う。

ボクは、これをポイントにしようと考えた。地面から1m位の高さで切り倒した。残った幹の皮を剥がして鋸で模様を入れた。

白い幹と周りの緑が溶け合い、良い景色になった。


実家庭1


実家庭3






2008⁄06⁄18(Wed) 06:31   未分類 | Comment(2) | Trackback(0) | ↑Top


Comment


おぉ〜〜広い庭ですね
亡き父上を偲びながらの庭仕事
それはそれでいい供養でしたね

我が家にも猫の額ほどの庭がありますが
今では物原・・壊した器の破片が山積み
面影なしです・・トホホ

2008/06/20 23:57URL | touseigama696[ 編集]


山の中に家がある感じです。
少しずつ手入れをして行きたいと思います。
定年後は、帰省するのが楽しみになりました。

             どうしょう花
2008/06/25 20:51URL | 桃青窯 様[ 編集]

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プロフィール

Author:どうしょう花
サラリーマン生活が残り一年になりました。
宮崎での単身赴任時代に始めた陶芸が十年になります。
昨年 年末に窯を持ちプロとしての環境が整いました。
サラリーマン生活を悔いのないように全力でラストランしたいと思います。
週末は、陶工への道にむかい励みます。
還暦前の老人が悪戦苦闘している日々を「どうしょう花」がエッセイにして毎週水曜日に掲載致します



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