2006/12/21

TITLE:「 ボクの故郷「2」(第五十四話) 

今年 NHK BSで「男はつらいよ」が土曜日の夜9時に放映されている。
ボクは映画館で寅さんを観たことがないが民放で放映された寅さん映画を何本か観て、寅さんの魅力に取り付かれている。今年の前半 1巻から24巻まで放映された。後半の25巻から48巻は8月5日から毎週土曜日の夜放映されている。ボクは毎週土曜日の夜を楽しみにしている。

この映画の魅力は誰にも真似が出来ない寅さんの生き方、寅さんを取り巻く葛飾柴又の人情がある。ボクにとって この映画の一番の魅力は映画に出てくる僕らの若い頃の風景を観られることにある。寅さんの映画を観る度にいつも郷愁を感じている。

寅さんが葛飾柴又に帰るようにボクは毎年故郷の大分県大野町に帰っている。

寅さんは毎回 マドンナが変わるがボクは変わらない。マドンナは変わらないが一緒に帰る人数が変わって行った。
最初はボク一人、そしてマドンナが一緒、その後一人増え、二人増え、三人増えと合計5人でポンコツの小さい車でお盆やお正月に帰省した。
子供達は大きくなり帰省について来なくなった。近頃は年老いたマドンナも付いて来なくなりボク一人帰省する事が多くなった。

昭和50年代から人口減少が加速され子供がいなくなった。ボクの卒業した中学校が閉校され、小学校も閉校された。そして平成14年には大野町に一校あった大分県立大野高校も閉校された。

廃校になった高校が公民館になっていた。公民館に故郷の情報を集める為に訪問した。町の歴史が大分県大野町史にまとめられてあった。

大分県大野町史に母校の高校があった大野原台地一帯は縄文時代以前の旧石器時代(一万二千年前から数万年前 土器のない時代)から人が住んでいたことが記されている。

ボクは高校時代 考古学クラブに所属し活動した。土曜日の午後から日曜日にかけて石器の表面採集をする為に近くの畑を探索した。
鏃(やじり)・石斧・ナイフ型石器など多くの石器を畑から採集した。

この大分県大野町史にボクの高校時代活動した考古学クラブの旧石器時代の研究成果が記されてあった。ボクの卒業した昭和42年には後輩達の活動によって母校の校庭から大野高校校庭遺跡を発見したと記されていた。

母校のある大野原台地一帯は旧石器文化に続いて縄文文化・弥生文化が栄えたところで多くの遺跡から縄文土器や弥生土器も発掘されている。

ボクは当時石器ばかり探し回っていて畑に落ちている土器の破片には目もくれなかった。40年経った今 石ころには目もくれず土器ばかり創っている。

もしかして40年間にボクの物に対する感性は数万年進化したのかもしれない。



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コメント

専門ですね

とても専門ではないけれど、2年前アルバイトで遺跡整理業務を手伝い、教育委員会の仕事だったので、某文化ホールの扉のうらにある収納室の10年ほど前のものをビニール袋替えや、台帳と照らして面相筆で、表層だとかを書きました。弥生のものが多く兵庫の大中遺跡周辺の田圃や道路が出来る時、又寺跡などからの
発掘物、博物館展示貸しの頭部など、
その時も不思議に集まったメンバーは団塊世代の男性でした。今でも遺跡公園にいきこの秋は木の実つみ。まがたまつくりを体験する予定です。備前、その手前の登り窯なども時折、自分のブログはいまいちすすまずです。又見てくださいね、それまでに整えますが・

旧石器文化について

フーコー様

おはようございます。
旧石器文化の発見は昭和24年に群馬県で始まっています。多分 私の高校時代に旧石器文化の研究が一つのブームだったのかもしれません。
それにしても勉強もせず古墳の発掘を手伝ったり縄文遺跡の集石墓を発掘したり考古学に没頭しておりました。
今は私が研究対象にされそうな勢いで縄文人に近づいております。

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