子田さんから「大樹展 2007 7人の絵画展」の案内があり銀座に出かけた。
銀座 地球堂ギャラリーに入る。広くないギャラリーの壁にF50号(タテ910ミリ×1167ミリ)の大キャンパスに全裸の女性がドーンと描かれていた。
「あいまいな記憶1」と題名がついていた。
「あいまいな記憶2」は、F50号の縦のキャンパスに同じ女性が描かれていた。
「ここに描かれている女性は、一体誰なのだ」ボクは、豊満な女体を観て考え込んだ。タイトルの「あいまいな記憶」からも怪しいぞ。
画家とモデルの関係は、モデルが妻だったり恋人だったりする場合があると聞く。モナ・リザのモデルは、作者レオナルド・ダ・ヴィンチの友人の妻でレオナルド・ダ・ヴィンチが密かに想いを寄せていたと言う説かある。
邪まなことを考えながら他の人の作品を観た。
他の絵にも同じモデルを描いたと思われる作品がいくつかあるのを発見した。ボクは、邪まな考えから開放されてゆっくり鑑賞した。
「ナオコの夏」F6号(タテ410ミリ×318ミリ)は、子田さんの二番目のお嬢さんを描いた作品。F6号の小さなキャンパスに はちきれそうな健康美の若い顔が描かれていた。
「花」F10号(タテ530ミリ×455ミリ)は、我家のリビングに飾りたいと思った。
「風の吹く坂道」F20号(タテ727ミリ×606ミリ)と「海が見える坂道」F20号(タテ727ミリ×606ミリ)は、広島県尾道で行われた公募展に応募した作品だ。
尾道の公募展は、二年に一回行われる。今年が十二回目。
今回1057点の応募があり、「風の吹く坂道」と「海が見える坂道」が入選した。二月に尾道で展覧会が行われ、商店街に展示された。
絵の前に立つと気持ちの良い風を感じる素晴らしい作品だ。
子田さんは、ボクと同じ会社の宣伝部でグラフィックデザイナーをしていた。2003年からフリーのデザイナーとして独立した。
パンフレットやチラシ、ポスターなどのデザイン、ブックデザイン、シンボルマークを作成している。
今まで「病院が、変わり始めた」(照林社)、「さよなら、おっぱい」(小学館)、「DTCマーケってキング」(日本評論社)のブックデザインおよび紙面のレイアウトなどを担当した。
ギャラリーを出て、近くのやきとり屋で子田さんの話を聞いた。
子田さんは、「尾道の公募展の一等賞金は二百万円で、二等が百万円だった。一等賞を取り、尾道に行く予定だったのだが、入選で展示だけだったので尾道にいかなかった。残念」と悔しそうに言った。
ボクは、陶芸の公募展に何度か応募しているが一度も入選したことがない。ボクだったら入選して展示されていれば、どこまでも飛んで行くところだ。


銀座 地球堂ギャラリーに入る。広くないギャラリーの壁にF50号(タテ910ミリ×1167ミリ)の大キャンパスに全裸の女性がドーンと描かれていた。
「あいまいな記憶1」と題名がついていた。
「あいまいな記憶2」は、F50号の縦のキャンパスに同じ女性が描かれていた。
「ここに描かれている女性は、一体誰なのだ」ボクは、豊満な女体を観て考え込んだ。タイトルの「あいまいな記憶」からも怪しいぞ。
画家とモデルの関係は、モデルが妻だったり恋人だったりする場合があると聞く。モナ・リザのモデルは、作者レオナルド・ダ・ヴィンチの友人の妻でレオナルド・ダ・ヴィンチが密かに想いを寄せていたと言う説かある。
邪まなことを考えながら他の人の作品を観た。
他の絵にも同じモデルを描いたと思われる作品がいくつかあるのを発見した。ボクは、邪まな考えから開放されてゆっくり鑑賞した。
「ナオコの夏」F6号(タテ410ミリ×318ミリ)は、子田さんの二番目のお嬢さんを描いた作品。F6号の小さなキャンパスに はちきれそうな健康美の若い顔が描かれていた。
「花」F10号(タテ530ミリ×455ミリ)は、我家のリビングに飾りたいと思った。
「風の吹く坂道」F20号(タテ727ミリ×606ミリ)と「海が見える坂道」F20号(タテ727ミリ×606ミリ)は、広島県尾道で行われた公募展に応募した作品だ。
尾道の公募展は、二年に一回行われる。今年が十二回目。
今回1057点の応募があり、「風の吹く坂道」と「海が見える坂道」が入選した。二月に尾道で展覧会が行われ、商店街に展示された。
絵の前に立つと気持ちの良い風を感じる素晴らしい作品だ。
子田さんは、ボクと同じ会社の宣伝部でグラフィックデザイナーをしていた。2003年からフリーのデザイナーとして独立した。
パンフレットやチラシ、ポスターなどのデザイン、ブックデザイン、シンボルマークを作成している。
今まで「病院が、変わり始めた」(照林社)、「さよなら、おっぱい」(小学館)、「DTCマーケってキング」(日本評論社)のブックデザインおよび紙面のレイアウトなどを担当した。
ギャラリーを出て、近くのやきとり屋で子田さんの話を聞いた。
子田さんは、「尾道の公募展の一等賞金は二百万円で、二等が百万円だった。一等賞を取り、尾道に行く予定だったのだが、入選で展示だけだったので尾道にいかなかった。残念」と悔しそうに言った。
ボクは、陶芸の公募展に何度か応募しているが一度も入選したことがない。ボクだったら入選して展示されていれば、どこまでも飛んで行くところだ。


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